「マラソン大会?」
「はい」
愛用の湯飲みを両手で抱えながら、彼女が頷く。
「香織ちゃんは走るの苦手でしょう」
「そうだけど。授業だから」
「倒れたらお前が助けにいけばいいだろうに」
「簡単に言わないで下さい、仕事中ですし、それに中学校に私が
行ったら、即不審人物ですよ」
最近は物騒な事件が多いし、ましてこの歳の関係のない人間が
うろうろしたら不審者決定だろう。
「大丈夫ですよ、先生方。そんなに弱くないですから私」
ニッコリ微笑む彼女は、自分の身体を把握していない。
栄養不足で育った彼女は殊のほか基礎体力に問題がある。
「応援しててくださいね、病院の前を通りますから」
「はい?コース変わったの?」
確か去年までは、ココの前を通らなかったはず。
「そうなんですよ、だからちゃんとがんばりますね」
あくまでにこやかに微笑みかける彼女は無邪気で。
マラソン大会の日、少しだけ抜け出して彼女の姿を見に行く。
変質者かも、なんて自責の念がないわけじゃない。でも……。
案の定夜に熱がでた彼女を看病する自分がいた。
最近はブルマじゃないんだな、なんて邪なのかジェネレーションギャップによる
驚きの気持ちなのかわからない思いを振り切る。
もう少し太った方がいいよな、そんな親ぶった気持ちに無理やり切り替え
少しだけ苦しそうに眠る彼女の額に手を当てる。
掬い取った体温が体中に広がる。
まだ手放せない。
そう強く願う。