19.夜明けの地平線(たとえそれがただの気まぐれだとしても)
 まわりがどんどん騒がしくなって、食べるものがなくなって、住むとこさえ危なくなって。
いつのまにか姉たちがいなくなって、そして最後まで残っていた私も、知らない男に手を握られ歩いていた。
行きかう人たちはみな、暗い顔をして、親子ではないはずの私たちを見ても気がつかない。
戦争、というものが始まったからだと、父さんは言った。
煮炊きを忘れてしまったかのような鍋をみつめ、悲しそうな顔をして母さんが私を見た。
それが、食べるための身売りだったのだと、ずっと後になって気がついた。
私は、男に連れられ、ただ歩いていく。
男は、こんなときでもおまえみたいなやつが売れる街がある、と、よくわからない言葉で言っていた。
泣きもせずわめきもせず、そんな気力すらない私は、ただひたすら男の言うとおりに歩く。
やがて、大きな街道に出る前に、乗り合いの馬車へようやく乗り込む。
後はこの道を行けば、目的の場所へつくのだと。
私は、そんなところへはずっとつかなければいいのに、って、顔も知らない何かに祈った。
数刻のち、私の言葉どおりになった。
どこからか現れた他の国の男たちに、馬車が襲われたのだ。
情報が伝わっていなかったのか、それよりも変化が早かったのか、戦場となっていた農道で、剣を振りかざした男たちが次々と大人たちを殺していく。
私は動けもせず、ただそれをずっとおびえて見ていた。
男は、私を拾い上げ、ごみのように少し前まで生きていた大人たちの死体の上へ放りなげる。
痛くて、でも悲鳴もあげることができなくて、ぼんやりとした視界で、彼らを見上げる。
男たちは、やっぱり次々と人を切る。
そして、最後にもうすぐ実がいっぱいつまるはずの穂に火をつけた。
小さな火は、やがて広がり、あっという間に取り囲まれる。
嫌な匂いがして、それが動物が焼けたときの匂いだと気がついた。
綺麗、な、炎、が、目の前に。
無意識に、大人だったものの下にもぐりこむ。
ひやり、とした感触と、ぬるり、とした何か、が肌を伝う。
私、は、そのまま目を閉じ、真っ暗闇となる。
次にみたのは、お日様が顔を出す、少し前の地平線。
いつの間にか治療され、綺麗に洗われた私は、考えられない頭で、ただ呆然と地平線をみる。
知らない男の人が、私に声をかける。
その人は、私を連れ歩いたあの男のようではなく、もっと、ずっと、綺麗な顔をした男の人だった。

「戦争は終わった」

そのときの私は、よくわからなくて、ただただはじめてみる綺麗な人を見つめていた。
徐々にお日様が昇って、私は改めてはっきりとその人の顔を見る。
やっぱり、綺麗だ、と思った。
やがて私はその人に連れられて、その人の家へと行くこととなった。
私が色々な事情を知るのはもう少し先。
私は、あの時、この綺麗な人をずっとみていたい、と思った。
その願いが、やっぱり顔も知らない何かが、叶えてくれるとは思わないけれど。


8.23.2010update/6.10.2011再録
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