18.果てが見えない(Chase/幕後)
「ああ、君がこんなはした仕事をしているだなんて、僕の胸が張り裂けそうだよ」

美しい金の髪を揺らし、気障な言葉を口にし、またそれが酷く似合っている男が、箒を携えた少女に語りかける。

「ユリちゃんを馬鹿にする気?あんたの親父に追い掛け回されてたときに、こういう仕事をしてたって知ってるでしょ?」
「ああ、スミレ、君の白魚のような手が、こんなに荒れて」

まったく少女の言うことを聞いていない男は、言葉とは裏腹に綺麗なままの手をとり口付ける。
それを振り払うことなく、当たり前のように受けた少女は、盛大なためいきをつく。
周囲は、どこか物語りめいた二人の姿を注視し、仕事の手を休めている。

「っていうか、あんた、仕事は?」
「そんなもの、スミレと比べれば」
「またヴィルトに押し付けたわね?」

自然なながれで彼の手を振り払い、両手を腰に当てる。
どれほどこの姿で、この男に怒鳴り散らしたことか、と、嫌な思い出までスミレの脳裏を駆け巡る。
だが、そんなことは当然慣れっこなこの男は、にやり、と綺麗な顔にスミレにとってはいやらしく、周囲にとっては麗しい笑みを浮かべる。

「さあ、帰ろう」
「私には職業選択の自由はないのか?」
「だから、僕の妻になるっていう就職口があるじゃないか」
「この箒に乗って逃げるけど?」
「はっはっは、僕の子猫ちゃん」

かみ合っていない会話はスミレを疲弊させ、だが姿だけは美しい二人を、仕事仲間たちは憧れのまなざしで見詰めている。
そもそも、彼女がここでこうやって働いているのは、このわけのわからない男がスミレを妻にしたい、と周囲にほざいたせいだ。
そのおかげで彼女の周囲は俄かに物騒となり、母親の薦めもあってこうやって他国をふらふらし、仕事をしながら生活をしているのだ。あくまでスミレにとっては聞いた話でしかないけれど、彼女が生まれるずっと前、母であるユリもこうやってあちこちに転移しては仕事をしていたそうだ。もっとも、それは呪いによる副作用のようなものであり、自分の意思からではなかったそうなのだけれど。
親子二代でよくも同じようなことをしてくれる、と、心の中で呪いながら、ユリは彼を睨みつける。
そんなことはちっともかまわない、といった風に、さわやかな笑顔でさらりと髪を揺らす彼を、心底うっとうしい、と、思ってしまったことは無理もないだろう。

「いいかげんにしてくれないと、あんたウィルに呪われるわよ?」

弟の名前を出し、けん制をする。
彼女の弟は、物理的で派手な魔術が得意な彼女と違って、どちらかというと精神に影響を及ぼす魔術が非常に得意であり、おそらくあの伝説の呪術師スリリルを越える力を持つ彼は、かなり後ろ暗いところとのつながりができている、という噂を耳にしている。今のところその能力を悪用しているところは見受けられないが、かなり家族に傾倒している彼は、愛する姉の一言があれば、誰であろうとその相手を酷く苦しめる魔術をかけることにためらわないだろう。

「そんなことしないくせに、子うさぎちゃん」

猫じゃなかったのか、と小さく心の中で突っ込みを入れる。この人には昔から何を言っても無駄だったことを痛いほど知っている彼女は、余計な口を挟み、揚げ足を取られないようにしている。
一体全体この性格は誰に似たのか、と、彼の母親を思い浮かべる。

「で?一緒に帰ってどうするわけ?」
「もう花嫁衣裳は仮縫いの状態なんだ。早く帰って補正をしないと、それに君の誕生日には式を挙げたいからね、ほら、手続きが煩雑だろ?もう時間ぎりぎりなんだ」
さらりと、とんでもないことを口にし、スミレを固まらせる。
数瞬考え、にっこりと大げさな笑顔を浮かべ、スミレは彼の前から姿を消した。
そこには彼女が手にしていた箒だけが残された。
持ち主のいなくなった箒が所在無く廊下に倒れ、甲高い音をあげる。
彼は、それをつまらなさそうな顔で見た後、今まで見せていた笑顔がうそだったかのような冷たい顔をして、その廊下を歩いていった。

 スミレが転移したのは彼の弟の研究所であった。
兄弟、とはいっても血のつながりのない彼は、偶然魔術に才能を見出し、周囲の期待をよそに、着々とその道を驀進していた。その成果がこの研究室である。
ほとんど他のものが入り込まないそこへ、あっけなく現れたスミレに驚くことなく、彼は上機嫌で彼女を迎えた。

「まさかと思うけど、結婚の話が進んでる、なんてことないでしょうね」
「あーーー、兄さん?」
「どうせおじさまをこきつかったんでしょ?いいかげん引退させてあげればいいのに」

母であるユリを探索していたおかげか、その手の術がやたらと得意である宮廷魔術師であるアーロナが、おそらく彼の探索に一役買っている、というよりもはおそらく笑顔で脅迫しているのだろう、とスミレは踏んでいる。
案の定、頷きながら、彼はスミレの好きな茶菓子を勧める。

「いくら兄さんでもそんな簡単にはいかないと思うよ?まあ、姿かたちは異議ないと思うけどさ」

スミレは、確かに兄弟の教育係であったユリの娘で、国内でも有数の魔術師の娘、ではある。
だが、その家位が高いか、といえばそういうわけではなく、アンネローゼが便宜上与えた庶民とは言えない家位はあるものの、その格は高いとは言えない。
そんな少女が、彼と結婚できるわけはない。
そう、彼はこの強大なフィムディア王国の王位継承権第一位の王子様、エリヤ=フィムディアなのだから。
ためいきをついて、それでも好物を口にしながらスミレは少し表情を綻ばせる。

「あの、なんでしたら」
「なあに?」

昔から影の薄い彼にはとても甘い彼女が、姉のような態度で返事をする。

「私と結婚してしまえば、あの、その、これ以上困ることは……」

徐々に尻つぼみになりながらも、ヴィルトが彼女を見上げながら思いのたけをぶつける。
彼にとってみれば、兄をダシにした立派な求婚の言葉、なのだが、昔から弟扱いしていたスミレにはまったく通用しない。
あっさりとその提案を笑い飛ばし、
「またくる。あ、本当に婚礼衣装なるものがあったら、焼き尽くしておいて」
という言葉を残し、いとしの少女はまたどこかへと旅立っていった。
ここから、まだまだ果てが見えない追いかけっこが始まるなどとは、親子に二代にわたってそんな無謀なことが行われるとは、まだ、スミレもヴィルトも、元凶であるエリヤですら、知らなかった。


6.23.2010update/4.9.2011再録
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