どれほど彼女の姿を目に入れても、俺の欲は満たされない。
それは本質的に彼女を手に入れていないからだ、とも言えるし、そうではない、とも言える。
例え彼女とそう言う関係になったとしても、俺は満足しない、と言い切れるのだから。
まだ少女の彼女は、あどけなさと、大人になりつつある表情の間で、アンバランスな魅力を撒き散らしている。
もともと、その雰囲気はある種麻薬のように、特定の人間をひきつけてやまないのだが、今の彼女はそういう趣味でもない連中でもひきつけてしまいそうなほどの魅力を発している。
それを本人は自覚しているのかいないのか。
大人になって欲しい俺と、さらに魅力が増しそうな彼女を心配する俺は、どこか父性的な部分で彼女を庇護したい気持ちに駆られる始末だ。
彼女が欲しい、だけど、彼女を守りたい。
そう反する欲求は、ぎりぎりのところで均衡を保ち、なんとかいいおにいちゃんの面をして、彼女の側にいることができている。
それももう、限界にきているのだけれど。
晴香は、そんな俺の気など当然知らずに、無防備な笑顔を振りまき、俺の自制心を煽る。
「晃さん?」
人生で数え切れないほど呼ばれたはずの自分の名前も、彼女に呼ばれれば甘く、俺を誘っているかのように聞こえるのだから、どうかしている。
自覚はあるものの、彼女に対する欲求はとどまるところを知らない。
「いや、やっぱり晴香の入れてくれたお茶はおいしいと思って」
欲望を隠した綺麗な言葉に、晴香がかわいらしい笑顔をみせる。
俺は、こんなに汚れているのに。
「宿題はやった?」
「少しわからないところがあって」
「じゃあ、教えてあげるから、飲み終わったら片付けちゃおうか」
やさしい親戚のお兄さん、のふりをして、彼女の側にいる。
彼女の柔らかな髪が揺れ、勉強道具をもってきた彼女の姿を視線の端にとらえる。
向かい合って座っていた彼女が、隣の腰を下ろし、距離が近づく。
ただそれだけで、均衡が崩れだしそうになる。
兄の仮面をかぶり、もう何年前にやったのか忘れてしまったかのような公式を教える。
やがて時計の針が俺の帰宅を促し、晴香と過ごす僅かな時間が終了する。
恐る恐る彼女の髪に触れ、満たされない何かに、少しだけ水を与える。
はにかんだ笑顔も、柔らかな髪も、全て俺のものだ、と叫びだしたい気持ちを抑え、やさしい俺のまま、彼女に手をふる。
今日もまた、何か、が壊れていく。
自分の中に満たされない欲がうずまいていくと同時に。
6.23.2010update/4.9.2011再録