まだ濡れた髪をうっとうしそうにバスタオルで拭きながら、風呂上りの晴香が小さく頭を下げる。
これは先に風呂をいただきました、という挨拶なのだと幼いころから彼女のそばにいるからこそ知る習慣。そんな些細なことに浸りながらも、目は晴香だけを追いかける。
ぺたんと畳の上へ座り、乱暴に柔らかな髪をこすっている彼女を見て、思わずタオルをとりあげる。
「髪、痛むよ」
「そうなの?」
きょとんとした表情でこちらを見上げ、晴香が素直に疑問を口にする。
確かに、まだまだ子供の彼女が同級生ばりに美容に関心があるはずもないが、だからといってせっかくのきれいな髪が痛むのを見逃すのは忍びない。
という建前を掲げ、正当に彼女に触れる権利を手に入れる。
「ほら、こんな風にするといいんだそうな」
「詳しいんですね」
同年代ならば、その言葉の裏にさまざまな意味を探るのだろうが、今の晴香にはまだ無用な心配だろう。
いやしかし、裏に適度に嫉妬を含んだような言を、いつか俺に対して向けてくれることを願っているのかもしれない、と、途方もなくあほな考えが浮かび、晴香の髪の毛に集中する。
「ドライヤーもってくる、かわかしてあげるからもう少しそのままで」
小さくうなずいて、まだ十分に水分を含んだ彼女の髪を一すくいする。
冷たいはずのそれは、なぜだか妙な体温を俺に伝え、鼓動が早まる。
誤魔化すように無言でドライヤーの電源をいれ、丁寧に彼女の髪を乾かしていく。
やがて、いつものやや茶色い、柔らかな髪が現れる。
「ありがとう、ございます」
ぎこちないお礼に、こちらも笑みをこぼす。
二三度頭をなでる。
こちらの複雑な思いなど知らない晴香は、何の迷いもない笑顔をみせる。
こんなにも、俺の中の何か、は汚いのに。
知られたくなくて右手をひっこめる。
やがて晴香の興味はテレビへうつっていき、徐々にそのまぶたが重くなっていく。
彼女を寝かせ、罪悪感を抱えながら額に触れるだけのキスをする。
こんな無防備な彼女を、俺のような人間に任せておける彼女の母親を軽蔑しながらも、感謝する。
自覚した思いはもう止まらない。
晴香のすべてを手に入れるまで。
1.14.2010update/11.25.2010再録