14.虚空へ消えた言葉
 声をかけようとして、とっさに口をつぐむ。
こちらに気がつかない背中を見つめ、そのまま見送る。
やはり今年も自分はついていない、と、自嘲気味につぶやく。
初詣で引いたおみくじのせいか、始まって数日で、私は今年の運勢をあきらめている。

「やっぱ、無理」

誰にも聞かれない程度に小声でつぶやく、それはやがてうっすらと積もった雪へと溶けて消えていった。



 彼と出会ったのは、高校二年になったとき。
たまたま同じクラスになったただのクラスメートの男子生徒と女子生徒。
私と彼の接点はそれ以上でも以下でもない。
ただ、偶然にも同じ委員をやったことがあるだけ、普通のクラスメートよりは話す機会はあったのかもしれない。
だが、それだけだ。
それなのに、いつのまにか私は彼に恋していた。
そう、気がつかない間に。
極端に目立つタイプではない彼が、やたらと視界に入り、彼の使っている筆記具を把握し、朝の通学が偶然一緒になる。
最初はわけがわからなかった私も、やがては彼のことが気になっているのだと理解した。
それから先は、周囲に、特に彼にばれないように振舞うだけで精一杯で、告白しよう、だとか、仲良くなろう、だという発想がまったく出てこなかった私は、結局最後までただのクラスメートのままで終わった。
幸いなことに、彼の方に特定の相手は現れず、その点でも私は安心しきってからかもしれない。
やがて、別々の大学へ進み、思いは徐々に薄れていき、ほとんど思い出さなくなったころ、私は彼を見つけてしまった。
見覚えのある背中、髪型は変わってしまったけれど、あれだけ見続けた彼を見間違えるはずもなく、私は思わず声をかけようとした。
だが、その声は形となることなく、どこかへ消えていった。
彼の隣には、私の知らない誰か、が寄り添っていたからだ。
舞い上がった気持ちは、一瞬にして地面に落ち、私はいつもの私に戻る。
懐かしさが見せた、幻影だったのだと、言い聞かせるようにしてただひたすら家路を急ぐ。
ただのクラスメートだったのだから、声をかけてもよかったのに、と、もう一人の私がたしなめ、それでも現実の私はいやいやをしながら首を横に振り続ける。
再び雪が降り始める。
空を見上げ、ちらつく雪を眺める。
ひとつため息をつき、また私は歩き始めた。


1.14.2010update/11.25.2010再録
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