13.きのうみた夢
 昨日見た夢を思い出そうとして、思い出せない。
そんなことはよくあることで、だけれども喉に何かがひっかかったようなもどかしさを感じる。
懐かしい。
ただそれだけが、私の中に残り、夢は曖昧なまま。

「ぼーっとすんな」

彼氏の呆れたような物言いに、我に返る。
私は今、この世で一番好きな人と会っているはずなのに。
意識がどこかへ飛んでいったことすら気がつかず、型どおりに申し訳ない、という表情を作る。
そんな私を見て、彼は鼻を鳴らし、それでも上機嫌となっていく。
この人が好き?
疑問系で浮かんだ言葉がチクチクとささる。
この人が好き。
そう言い切れない自分が、よくわからなくて、また昨日見たはずの夢へと心が帰っていく。

「クリスマスだなぁ」

何度も繰り返された挨拶のような言葉に、適当に相槌を返す。こちらの心に気がつかないのか、ニコニコと返事をしていれば、自分のことだけをべらべらと話し続けるクセは、かわらない。
好き?
しつこいぐらい繰り返される疑問は、昨日見た、覚えていない夢のせいなのか。
思わず否定しそうになる自分を拒絶する。

「聞いてる?」
「うん、聞いてる」

チェックが入るタイミングさえ掴んだ私は、全く聞いてもいない話題に、どうやら適切な返答ができているようだ。従順な私の言葉に、さらに彼は機嫌よくしゃべり続ける。
ちらり、と窓の外を見れば、緑と赤があふれ、しばらくすれば、おそらくお正月色に様変わりするのだろう。
節操が無い、と怒られそうなこの日本の行事は、それでも変わらず行われることで、私に安心感を与えてくれている。どれだけ知らないふりをしようとも、今日という月は、私にその季節を教えてくれる。
恋人同士はその日にはデートをしなくてはいけない、という無言の圧力のもと、私も今目の前で話している彼とどこかへ行く予定を組んでいる。
どこへ、というところすらマンネリ化したような二人の間でも、一応この季節行事だけははずせないようだ。
面倒だ、という気持ちが湧き出たのはいつの頃なのか。
天秤にかけられたようなそれは、ぎりぎりのところで均衡を保ち、今年もなんとか危ういところで踏みとどまっている。
だけど、それに私のため息をのせれば?
幾度目かの生返事の後、不機嫌な彼が冷たい言葉を吐き出す。

「最近俺のことどうでもいいと思ってない?」

そうだ、ともそんなことはない、とも答えられない私は、曖昧に笑う。

「そんなんじゃあ、楽しく過ごせないんだけど」

ただ笑うだけの私に、彼は不機嫌さを増していく。

「あのさ、言いたくは無いけど」
「ああ、彼女とごはんにでも行くの?別に無理しなくっていいよ、こっちは」

返事すらしなかった私の、突然の饒舌ぶりに、彼が飲み物を持つ手を止める。

「知らないとでも思ってた?」

私の心だけが冷めたんじゃない。

「いや、あれは」
「あら?あれって誰のこと?」

試すような私の言葉に、あっさりと引っ掛かった彼は、それだけあの子のことを考えている証拠だ。

「だから」
「何?」

味方ぶった友達の忠告か、下心が覗く男友達の告げ口か。
思った以上に知りたくない彼のことを知っている私は、ため息をつく。
天秤の、針が動く。

「悪いけど、これで最後だから」
「いや!でも!」

彼の出した声に、周囲が思わず振り返る。その視線に彼は首を窄め、立ち上がった私を上目遣いで見つめる。

「彼女と仲良くね」

追ってこない彼に、安堵と落胆を味わいながら、イルミネーションが輝く街路樹の下を歩く。
彼のこと好き?
幾度目かの問いに、私はようやく過去形で答えることが出来た。

「あ……」

ここにきてようやく、私は夢、を思い出す。
なんということはない、ただ子供のころ友達と遊んだだけの夢。
そう、私は、子供で、友達と遊んでいた。本当にそれだけの夢。
どうしてそんなものにひっかかっていたのかがわからない。
ただ、久し振りに家へ帰ってみるのも悪くは無いか、と、その思いつきにいつのまにか心が暖かくなる。
無意識のように取り出した携帯で、歩きながら母に電話をかけている自分が、ガラスに映りこむ。
足を止め、季節感溢れるショーウィンドウの中身を堪能する。

「あ、いまいい?」

懐かしい声を聞き、全ての引っ掛かりが溶けていく。


1.14.2010update/11.25.2010再録
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