「ふっふっふ」
「気持ち悪い」
どうしてだかやっぱり我が家にいる直樹兄さんは、玄関入るなりずっと機嫌がよい。
まあ、ここにいるときはほぼご機嫌な人だから、あたりまえといえばあたりまえなんだけど、口元がにやけてちょっと気持ち悪い。
うっかりそれを口に出してしまっていたのか、兄さんがほほを膨らませて抗議する。
そういうのは、ちっちゃな子がやるからかわいいんであって、兄さんの年を考えるとありえない。と、心で思っていたつもりがまた声に出ていた。
最近ちょっとストッパーが効かなくなったのか、私の口も悪くなる一方で、こればっかりはどう考えても兄さんの責任だと思う。
「初夢がさー」
「富士山でも見たの?」
「そんな古典よく知ってるね?」
年の差をどういう風に解釈しているのか、割と知っていてあたりまえのことも、こういう風に驚いてくれるのが、うっとうしいやらうっとうしやらうっとうしい。
「やっぱりいい夢っていったら、美夏ちゃんでしょ、みかちゃん」
ごいん、という鈍い音がして、母さんが振り下ろしたお盆がいい音を鳴らす。
これも見慣れた風景になってしまったなぁ、と、徐々にバイオレンス化していく我が家を嘆く。
「……聞きたかないけど、一応念のため、どういう夢?」
ろくでもない夢だろう、と、だけれどもとりあえず年齢制限枠に収まってくれ、という願いを込めながら兄さんに尋ねる。
「美夏ちゃんがね、真っ白なウェディングドレス着てたの」
「まあ、真っ黒ってあんまりなさそうだよね」
「で、ピンクのブーケ持ってて」
「青色がいいなぁ、できれば」
「うなじが色っぽくって」
「ダウンスタイルっていいよね」
「……ともかく、かわいかったぁぁぁ」
「あっそう」
実物大の私なのか、少し年をとった私なのか、それとも兄さんの色眼鏡の入った私なのか、そのどれでもいいけれど、とりあえずかわいいと言われれば悪い気はしない。
「で、花婿さんは?」
あきれ口調で母さんが直樹兄さんの夢の話に付き合う。
本性がばれる前の兄さんは、母さんのお気に入りで、今でもこうやって普通の話をしている限りは、やっぱり気に入っているらしい。
「え?」
「花嫁の隣には花婿さんでしょ?普通」
当然即座に僕!と、答えそうな兄さんが、そこで始めて気がついたかのような顔をする。
確かに結婚式は女の人の方が目立つけれども、花嫁だけでできるもんじゃない。
ごくごく当たり前の疑問に、兄さんは一生懸命思い出そうとする。
元をただせば、ただの兄さんの初夢の話なのに、三人顔をつき合わせている姿は、何か重大な問題ごとを抱えているかのようでおもしろい。
「えっと……」
「で、誰?」
「……見た記憶があるような、ないような」
兄さんの正直であほらしい答えに、母娘で脱力する。
常日頃から私にあれだけ言い寄ってきておいて、初夢がこれかと、理不尽な怒りにも満ちた視線がぶつけられる。
夢なんてものはコントロールできないのだから、どう考えても八つ当たりなのだけれども、いい夢だと思っていた本人が、それが他の誰かのための花嫁姿かもしれない、という事実に気がつき少しうろたえている。
「えーーーー、やっぱ俺?」
「捏造は却下」
二人に否定され、さらに落ち込む。
やかんが沸騰する音をたて、母さんが席を立つ。
まだぶつぶつ言っている兄さんと、焼きたてのもちとお茶。
少しだけ新郎の正体がわからなかった悔しさをふっきるようにしてお茶をすする。
今年を象徴しているのかいないのか。
兄さんと食べるおもちはちょっとおいしい。
1.30.2009update