12.はやく!
 一瞬、険悪な雰囲気が二人の間にはしる。
見合わせて、無理やり笑って、無言になる。
無常にも走り去っていった列車を眺め、白い部分が多い時刻表を思い出す。

「……だから早くしろつったろ?」
「ごめん」

とりあえず謝る。
宿を出るときにもたもたしていたのは私だ。
だけど、女には準備に時間がかかる、ということに理解を示さないコイツの態度に腹が立つ。

「たばこがないって、大騒ぎしてコンビニを探し回ったのは?」
「…悪かったな」

ヘビースモーカー、というわけではないが、もっていないと不安になるタイプの彼は、タバコがないととたんに落ち着かなくなる。
どうせ吸わないのなら、いや、今の社会状況だと吸えないのだから、なくてもいいのに、という私の主張は聞き入れられず、なにもない駅までの道沿いをタバコを求めてふらふら歩いたのはこいつのせいだ。

「とりあえず座るか」
「そーだね」

だらだらと同棲して、イベントなんてなんのこと?というほど日常の連続だった私たちが、どういうわけだかこんな風にのこのこ旅行というものにやってきたのは、本当にどういうわけなのだろう。
今となってはどちらから言い出したのか、すっかり覚えていない。
だけど、計画は楽しくて、まあ、宿はそこそこで、でもごはんはおいしかった。
電車でやってきて、歩いて宿にたどり着いて、宿から駅に歩いてやってきて、電車で帰る。
その間に観光というものを全く挟まない私たちの計画は、それでも普段を思えば、よくやったといえる。
その集大成が、この電車の乗り遅れだ。
しっかり時間を確認して、一時間に一本、という貴重な電車を逃さないように行動していたはずなのに、私たち二人は取り残されたようにベンチに佇んでいる。
今ではすっかり禁煙となったホームでは、たばこ一本も吸えず、彼は大分手持ち無沙汰のようだ。

「とりあえず飲み物でも買ってこようか?」
「ん、コーヒー」

うつろな返事を聞き、のろのろと自販機へと歩き出す。
ガタン、と缶が落ちる音が響く。
線路のすぐ近くにいるのに、その音が思いのほか響くことに驚く。

「ん」

ぞんざいに差し出してから、自分の分の紅茶のプルトップをあける。

「まあー、こういうのもいっか、俺ららしくて」
「んーーー、まあそうっちゃそうだね、私たちらしい」

だらだらと暮らして、お互いが日常になってしまって、それでも居心地のよさだけは満点で。
一言二言会話を交わしたきり、お互い無言となる。
だけど、その無言の時間が苦痛じゃない、という相手は貴重なのかもしれない、と、改めて感心する。

ようやく滑り込んできた列車に、彼にせかされるようにして乗り込む。
また、居心地よくってぬるま湯な、二人の生活が始まる。


6.11.2009update/7.3.2010再録
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