無防備にリビングでクッションに顔をうずめる妻に、思わず頬が緩む。
久し振りに定時に退出できたものの、どこへ寄り道をするわけでもなく、足はまっすぐと家へと向かった。
僅かに浮き足立った気分で、部屋の鍵を開けた。
ただいまに帰ってくる言葉がないことを不思議に思い、慌てて中へ入ってみれば、その相手は現在熟睡中だ。
小さなクッションに額を埋め、起用にもくの字に体を曲げ、眠りこけている。
体のそばには編み物の道具が散らばり、つい先ほどまで熱心にそれをやっていたことが伺える。
そろそろシーズンオフだと言っていたわりは、夏用の素材を買い求め、せっせと編んでいたはずだ。
起こすのも忍びなく、それでもこのまま観察を続ければ確実に怒られることも事実で、そろそろと彼女に近づく。
だが、そんな心配をするまでもなく、自分の気配に気がついたのか、彼女が飛び起きるように上半身を起こす。
まだぼんやりとした視線を、それでもこちらへと向ける。
徐々に覚醒した頭と、驚いた顔と。
そんな表情もかわいくて、やっぱりにやけてしまう。
「お、おはよう」
「おはよう」
「っていうか、おかえり」
「ただいま」
よほど恥ずかしかったのか、髪を整えながら、彼女はばね仕掛けのように周囲を片付け始める。
「ごはん、ごはんもう少し」
「大丈夫、落ち着いて。慌てると包丁落とすから」
寝起きはいいけど、覚醒するまでに時間のかかる彼女は、朝食の準備中にあたりまえのように包丁を落とす。
その光景を見て凍りついたことを思い出し、彼女を宥める。
「うん、うん、大丈夫」
まだ起ききっていない顔で、それでもぱたぱたと動き出す。
「あ、ちょっとまって」
「何?お茶?コーヒー?」
おろされた前髪を持ち上げる。
「アト、枕の跡がついてる」
「ええ?うそ!」
食事の準備などさらっと忘れて、慌てて洗面所のほうへ走っていく。
それを眺めながら、緑茶を入れる準備をする。
とりあえず二人してそれを飲んで、そこからはじめればいい。
良い香りが漂う。
おそろいの湯飲みに、程よく入れられたお茶と、それを飲む彼女と自分。
当たり前の一日が終わろうとしていく。
4.23.2009update/10.2.2009再録