髪の毛一本から爪先まで、とはよく言ったもので、正直なところ晴香のものなら全てを愛せる自信がある。
それを口に出して言うほどの愚かさはないけれど。
晴香への執着がどこから来ているのかをすっかり自覚したころ、俺は女性と付き合うことをやめた。
それまでは好奇心もあってか年相応にお付き合いというやつもしていたし、それはそれで遊びだと思ったことはない。
心のどこかで晴香への思いを誤魔化しつづけ、だからこそ、なのか、その付き合いたちは長続きする事はなかった。
ありがたいことに、女好きのレッテルすら貼られ、思いを自覚してからはストイックなまでの頑なさに、影で何をしているのかわからないやつ、という付箋紙すら貼られてしまった。
今はもう、誤魔化す事無い欲求に忠実に、だけれども晴香本人には気取られることなく、時間が空けば晴香の下へ通いつづけている。
「うーーー」
「……気にすることはない。まだまだこれからだ」
しきりに衿から中身を見つめ、難しい顔をしている。
そういう仕草も俺にとって見れば欲情を煽るだけなので、やめてほしいのだが。
「でも」
「まあ、おばさんに似れば、な」
「んーーーーーー」
今度はテレビに映された豊かな胸を持つタレントを睨みつけるようにして見つめながらため息をついている。
晴香がこういう子どもっぽい反応を示すのはとても珍しい。
思い切り眉根を寄せた顔もかわいくて、思わず笑いそうになるのを堪える。
事の発端は、晴香を気に入らない女子生徒が晴香の発育がやや不十分な胸部についてからかったことに発している。
確かに、彼女は華奢な体と引き換えに、そのあたりの発育は年相応よりも幼く写る。
今も昔も女らしい体型をした母親とは正反対であり、年頃の娘らしくそこを気にしていた晴香にとっては痛いところをつかれたと言うほかは無い。
彼女は、成績は良くも悪くも無く、体育が苦手、というのは彼女にとっては弱点にはならず、顔立ちは整っているわけではないのに、全体的にかわいらしい雰囲気をまとっている。おまけにどこか頼りなげで、思わず手を差し伸べたくなるような風情は、堪らない人間にはたまらないだろう。
たかが十五−六のガキでもそういう少女を好むといっても不思議ではないし、それが気に入らない、といった同性がいることも俺が男でもわからないではない。
大してかわいくもないのにもてる女性は、より反感を買いやすい、と、女友達に教えてもらったことがあるが、まさしく晴香はストレートにそれを具現化した存在なのだろう。
小娘が晴香がダメージを受ける言葉を捜し、その結果たどり着いたのが今現在の晴香の態度だ。
かわいい、とも思うし、傷付いたことに対して小娘に怒りも感じなくは無い。
だが、あまりにも子どもらしく、滅多にみれない彼女の仕草に、こちらは先ほどからずっと目を離せないままだ。
「牛乳でも飲むといい」
牛乳が小さい頃から大嫌いな晴香は思いっきり顔を顰め、舌を出す。
いつもの何かを我慢した、抑えた態度とは違う、素の彼女が顔を出す。
いとしい。
たった四文字の、それでもこれ以上に気持ちを伝える術は無い言葉が零れ落ちそうになる。
まだ、だめだ。
飲み込んだ言葉は、どこか熱をもっていたかのように胸が痛くなる。
「今度ケーキ買って来るから」
「……」
「クリームなら牛乳使ってるだろ?」
不審そうな目を向け、徐々に笑顔になる。
たったそれだけで俺の顔が緩んでいくのが止められない。
「約束!」
差し出された小指を絡ませ、指切りをする。
いとしい。
ただ、その思いだけ。
欲望に蓋をする。
だけど、その手を取るのは自分以外にはいない、そう思いながら。
10.9.2008update/2.6.2009再録