直樹兄さんのアルバムを見て、黙り込んだ私に、能天気な兄さんがちょっかいをかける。
「かっこいいだろう?惚れ直さない?」
「元々惚れてないし」
確実にエスカレートする兄さんを制す。
だけど、どこか上の空の私に、兄さんがチャンスとばかりに距離を縮める。
ここは兄さんの家で、下心が周囲半径数キロに渡ってばればれになってからは、入り込むことはなかった。
だけど取り寄せのチョコレートの罠に引っかかったふりをして、今こうやって案の定危機に陥っている。
絨毯の上に膝を抱えるようにして座り込んだ私と、背中ぴったりによりそう直樹兄さん。
どこからみてもそれは兄妹の距離ではなく、友人のそれでもないだろう。
いつにない雰囲気にあの兄さんが躊躇うのがわかる。
自分のペースにもちこめて、明らかに拒否されるのがわかっていてこそ、兄さんは強気に出ることができるのだろう。
こうやって何時もと違う私にどう対処していいのかわからなくて、おいしく頂いてしまうほど悪党でもないらしい。
勝手に空気を張り詰めて、だけれども私はアルバムを見てからわけのわからない思いにかられ、そんな兄さんの様子がわかってはいるのに、そちらに神経を向けることができない。
自分で自分の気持ちが良くわからない。
兄さんは大好きで、だけれども男としてはみていない、と本人にすら言い切っている。
だけど、こうして写真の中とはいえ、見知らぬ女の子と一緒に写っている兄さんをみるのは気に食わない。
このもやもやとした気持ちをどう説明すればいいのだろう。
きっと言葉にしたら単純で、でも後戻りは出来なくなる。
だからこそ曖昧に、私は直樹さんを直樹兄さんと呼んだまま。
「美夏……」
呼び捨てにする兄さんは、ふざけた兄さんとは違って男っぽくて、ちょっとだけ好き。
だけどそれ以上に恐くて、私は何時もの私に戻る。
「これ、見える?」
痴漢除けのスプレーを右手に掲げ、兄さんの鼻先につきつける。
急激に体温が離れ、私はそれを寂しいと思ってしまった。
これ以上距離が縮まることを恐れているくせに。
私は私の気持ちがわからない。
直樹兄さんとどうなりたいのか、どうしたいのか。
だから私は今のままで、ふざけたように兄さんと呼びつづける。
「チョコレート、は?」
兄さんよりも大事だといわんばかりにチョコレートを要求する。
苦笑して、それでも嫌がりもせず冷蔵庫に目的物を取りに行く兄さんの後姿を盗み見る。
そんなことをしなくても、私はいつも兄さんを見ていられるのに。
気がつかれたくなくて、アルバムを再び開く。
やっぱりそこには私の知らない兄さんがいて、私の知らない女の子と楽しく笑っている。
見ていられなくて、乱暴にアルバムを閉じる。
小さなテーブルになぜだか冷えたお茶と、チョコレートが用意される。
無邪気にチョコを口に入れ、笑う。
いつまで私はこのままでいるつもりだろう。
いつまで私はこのままでいられるのだろう。
説明できなくて、言葉にすると恐くて。
ずるい私は子どものふりをする。
6.21.2008update/10.25.2008再録