ひとつ、失恋した。
ふたつ、親友を失った。
たったそれだけのことで、わたしの中の何かが抜け出ていってしまったみたいで、きっと振ったらカサカサ音がするに違いない。
抜け殻。
まさしく、今のわたしはその通りの状態だ。
大切にしてきたつもりのものが、全部独り善がりだったのだと突きつけられたようで、それでも幾人かいる友達からの慰めの言葉に縋ったりもする。
ちゃぷん、と、湯船に雫が落ちる音がする。
無気力なわたしが唯一熱心にしている事と言えば、この入浴という行為だけだ。
水の跳ねる音、水面にうっすらとうつるわたしの顔、薄暗い照明、開けられない窓がある風呂場。
ワンルームの部屋の中で唯一あの人のことを思い出さないでいられるのはここぐらいで、私は何か理由をつけては、いや、理由など無くてもこの風呂場に閉じこもる。持ち込まれたペットボトルや雑誌が無造作に風呂の蓋の上へ置かれ、半分だけ開けられた浴槽に全身を滑り込ませる。
美容室で買った高いシャンプーもトリートメントも、友達に進められて買った洗顔料も、全て全てお気に入りのものばかり。
だけど、わたしの穴は埋まらない。
良くある話だといえば良くある話で、あまりにもありふれたこと過ぎて、だけども、我が身に降りかかればそんなことを言っていられない。
わたしの好きな恋人は、わたしの親友を好きになって、わたしの好きな親友は、わたしの恋人を好きになった。
ただ、それだけのことだ。
だけど、今でもそれを口に出すことさえできないでいる。
こうやって頭の中で考えるだけで、条件反射のように思考が回路を中断しようとする。
壁についた水滴を眺めながら深呼吸をする。
僅かに香る香料は、洗顔料のもの。
掬った湯を顔にかける。
僅かにぬるいお湯が肌を滑り落ち、ぽちゃぽちゃと水滴が浴槽へと落ちていく。
上手に行くはずがない、という気持ちと、上手くいかなくては許せない、という気持ちがせめぎ合い、どうしていいのかわからなくなる。
わたしの親友なら、応援するのに。
わたしの恋人なら、反対するのに。
浴槽の縁にほお杖をつき、ぼんやりと床を見つめる。
カサカサのわたしに少しでも水分が行き渡るように。
わたしは、わたしの隙間を埋める。
5.1.2008update/6.28.2008再録