私の事をか弱い、だとか、儚い、だとかいつのまにか散々噂する周囲にとっては、それが私の現実の姿と認識して止まない。
どうしてだろう、と、首を捻りつつ、害はないので放っておくことにする。
そもそも体調がおかしくなる原因の一つから開放されて、ハンカチを握り締めながら教室へと向かう。
なぜだか頻繁に行なわれる個人面談は、今回はなんとか青ざめる程度で済んだ。
前回は途中でトイレに吐きに行ったのだけれど、よく考えればそれも周囲に病弱であることを認識させる要因となっているような気がしないでもない。
「今帰りですか?」
それこそ、ちょっと強い風に吹かれたら飛んでいってしまいそうな正しくも儚い男の子に声をかけられる。
私の通っている高校は元女子校で、今もほとんど女子校だ。
偏差値は高くないけれども、伝統はあって制服はかわいい、というこの高校の男女比は1対9で、同程度の元男子高校はその逆だから、大多数の男の子達はそちらを目指す。そんな中、この高校をわざわざ選んだという男の子達には、皆それぞれにわけがあり、その中の一人である目の前の男の子は、恐らくその外見が原因だろう、と勝手に推測している。
薄茶で猫毛の髪の毛は柔らかそうで、何もしていないのに潤んでいて黒目がちの瞳は弱弱しくて、おまけに日に当たったら倒れてしまいそうなほどの色白に線の細い体。第二次成長って何の事?とホルモンをぶっちぎった美少女っぷりは、私が女でも思わず襲いたくなるほどである。
そう、おまけにこの男の子は私が平気な二人目の異性なのである。
「うん、先生に呼び出されていて」
思わずその柔らかい微笑に引きずられ、こちらもできるだけ柔らかく返す。
真っ黒い、と自覚している心も、この子と一緒にいるとどす黒いグレーぐらいにはなってくれそうだ。
「じゃあ、一緒に帰らない?」
少し驚いて、だけれども本当に邪気のない笑顔に思わず頷いてしまう。
本当に、本当にこんなにも平気な男の人が晃さん以外にいるだなんて、やっぱりこの学校にきて良かったとしみじみと思う。
「あの、僕も皆と同じように名前で呼んでも大丈夫かな?」
声変わり前のように高く澄んだ声で、はにかみながらも訊ねてくる。世の中の人がハムスターやウサギにかわいい、と感激する気持ちがようやくわかるような気がした。この子のかわいさは、どう考えても小動物系のそれだ。
「もちろん、喜んで。えっと、こっちも名前で呼んでいい?幸君」
少し頬を染めて、照れくさそうにしている幸君が嬉しそうにうなずく。
ああ、心が洗われていく気がする。
「晴香さんって、よく呼び出されるよね?成績も悪くないのに」
そう、私の成績は決して悪くはない、決してよくもないけれど。なのに何かといえば呼びつけてくれる担任教師は、今のところの最要注意事項だ。とりあえず今のところ晃さんには担任が男である、ということはばれていないけれど、何時いかなる偶然をもってして暴露されるのかがわからない今は、早いところ来年になって女性の先生に交代して欲しいと願っている毎日だ。
「うーーん、私ドンくさいし、色々心配されているのかも」
「そうかな?ドン臭いっていうよりむしろ、晴香さんって格好いいと思うけどなあ」
よくわからない感想を抱いている幸君は、周囲とはやや異なる印象を私に抱いているらしい。
私の中の何かを嗅ぎ取って、依存するほどに私を頼りにする人間、というのは有る一定の割合で存在していて、そう言われればこういう根っからのいい人に私は頼られる事が多かったと、中学時代を思い出す。
腫れ物のように私を扱う周囲とは違って、間逆の方向性で私に接してくれる幸君の存在は貴重だ。
柔らかい空気に包まれながら、幸君と別れた私は幸せな気持ちで帰宅する。
どちらかというと腹黒よりも、悪気のない天然の方が性質が悪い、ということに気がつくのは間もなくの事。
風に吹かれたら消えてしまいそうな雰囲気で笑いかける幸君と歩きながら、この学校にきたことを少しだけ後悔する。
2.19.2008update/4.14.2008再録