03.わずかな眩暈(ひとつとや)
 どうやら、いつのまにか私は華奢で病弱で儚げな美少女、ということになってしまっているらしい。わずかな眩暈を覚えるこの現状は、なぜだか事実として認定されている。
本当に中身を暴露すれば、誰もが詐欺だと絶叫しそうな中身だというのに。

「大丈夫ですか?お姉さま」

太陽が少し眩しくて右手を僅かにかざしただけで、左右の後輩がこんなことを尋ねてくる。
いや、単に眩しいだけだけど、などという野暮なことは言わずに曖昧に微笑む。
そうすれば周囲が勝手に「晴香先輩は体が弱いから」などという風に納得してくれる。
たぶん、まともに通えば健康優良児間違いナシの私にいうべき言葉じゃないよね、と、内心思いながらも。
母親の再婚相手との同居、虎視眈々と私との同棲を狙う晃さんの執拗な猛追を避けている私にとっては、この学校という聖域はどこよりもくつろげる安寧の場所だ。年頃の異性もほとんどいないし、どちらかというと校則以外は緩やかな空気が流れているこの学校は、穏やかでとても過ごしやすい。
こうやって、お姉さま、と呼ばれて鳥肌が立っていたのも少し前までの話で、ようやくそういうよくわからない倒錯した世界にも慣れることができた。おまけに、あまり異性がいない、ということはそれにまつわるトラブルがない、ということでもあり、中学時代に散々辛酸をなめた私としては、これ以上居心地がいいところはないのかもしれない。
ただ、私に与えられたポジションが、なぜだか病弱な美少女、という本人とはかけ離れたものだと言う事を除いて。
幾人かの同級生と会話を交わし、ようやく教室へとたどり着く。
コバンザメのようにくっついてきた後輩は、名残惜しそうに手を振りながら入り口から去っていく。
よく考えたら、私はあの子達の名前も知らないのだけれど、いつのまにわずかばかりの校内の道を一緒に歩くようになったのだろうか。

「おはよう」
「おはようございます」

隣の席のクラスメートに挨拶をされ、優先順位の低い疑問はすぐにどこかへと消え去っていく。

「今日は顔色が良さそう」
「心配をさせてしまって、でも、大丈夫だから」

できるだけ引き攣らないように笑顔をキープする。
昨日まで具合が悪かったのは、深夜まで無駄に起きていたせいであり、つまるところ単なる寝不足だ。
なのに、どうしてなのか、周囲の人間は私を病弱にしたがる。
身についたこの薄幸そうな雰囲気のせいなのだろうか。中学でもそういう雰囲気で扱われたことはあったようにも思うけれど、だからといってここまで病弱な子として扱われた記憶はない。まあ、居心地が悪いわけではないので、誤解は誤解のままにしておくことにするけれど。
おそらく、昨年の同居の後の心労と、クラス担任が若い男性による心理的疲労による幾度かの昏倒のせいなのだろう。あの印象と華奢な体型が相まって、今のこの状態となっているのに違いない。
去年と全く同じ担任の顔を見ながら、昨年のことを思い出す。
やっぱり、いまだにこの男には、というよりも男性一般には慣れない。
出席をとりながら、連絡事項を話している担任教師は、普通程度の顔とは言え、数少ない独身男性ということで周囲に人気があるらしい。私にとってはまるで興味はないのだけれど、どいういうわけだか気に入られて気にかけられている私は、この人と会話を交わすことが少なくはない。
そのたびに疲弊して、体調を崩すのだから、あながち病弱というのも違わないのかもしれない。
今日もたいした用事もないくせに、放課後の呼び出しがかかる。
眩暈を感じながらも素直に返事をしておく。
そういえば、晃さんは私の担任教師のことを執拗に探ろうとしていたけれども、今私がこのような状態に置かれている事を知れば、どういうことになるだろう。などという、しゃれにならないことを思いついてしまい、眩暈が酷くなる。
全ての証拠を握りつぶし、とりあえず担任はおばちゃんだと言っておこう。
私が本当の病弱にならないためにも。


12.6.2007update/3.28.2008再録
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