02.ひなた(ひとつとや)
 暖かい日差しに照らされて、柔らかそうな薄茶色の髪の毛かゆれている。
その髪の毛1本すら愛しい。
他の誰かに聞かれたら、確実に白眼視されてしまいそうな思いが、さらりと思い浮かぶ。
それをおかしいと思ったことはないけれど、他者に知られないようにする最低限の世間体だけはなんとか保つ事ができている。
まだ中学生の彼女は、こちらの薄汚い欲望など知らないように、あどけない表情でこちらに微笑を向ける。
その微笑みすら、僅かだとしても邪まな心をもたないではいられない自分に、多少の嫌気がさしながら。

 久しぶりの休みの日に、ようやくお互いの予定があった俺たちは、近所の公園というチープなデート場所へとやってきていた。
もちろん、晴香が望めばドライブだろうと遊園地だろうと、それこそ高級レストランだろうと、どこへでも連れて行ってあげたいのだけれど、生憎とそういうところを好まない彼女は、割合こういう近場で身近な自然と触れ合うことを望む。
晴香さえいればいい俺としては、場所の方はどうでもいいことなのだから。
落ち葉を踏みしめながら機嫌がよさそうに散歩道を歩く彼女は、あくまでも年相応の外見であり、三十に程近い俺との関係はよくて兄妹、下手をすれば親子とみられているかもしれない。
圧倒的で絶対的に離れた年の差。
それを嘆いたことはないけれど、だけど、こうやって嬉しそうに歩いている彼女が大半を過ごしている場所で、同じ時を過ごしてみたかった、という思いを抱えていないといえば嘘になる。
彼女の同級生という坊主どもが、彼女に気安く声をかけてきたところを間近で目撃してしまった後だからかもしれないけれど。

「さっきの、同級生?」
「ん?そうですよ?」

甘えたような声で、なんの疑問にももたないように素直に答えてくれる。
その言葉の裏に、俺が考えるような何かがあるはずもなく、だからといって晴香と気安く話している存在そのものを野放しにしておきたくもない気持ちがせめぎ合う。

「仲いいの?」
「そうでもないですけど」

晴香にとっては、確かにただのクラスメートの一人なのだろう。だけど、明らかに向こうの態度はそれ以上を望んでいるようにしか思えなかった。いや、どう考えても、明らかに男の顔をしてこちらを睨んでいたあの小僧一人は、晴香に対してそれなりの思いを抱いていることは確かだろう。晴香が紹介した、年上の親戚に対する態度としては誉められたものではないけれど、それでも一人の男としては、あの潔いまで敵意を抱けるあの性根は嫌いではない。あくまで、晴香が絡まなければ、の話だが。

「あまり、男の子とはお話しませんから」

ふんわりとした笑顔で、はにかみながら答える。
その言葉にどこか安心をして、だけれども、四六時中彼女を見張っていられない立場を嘆く。

「苦手な子?」
「…そんなことは、ない、けど」

言葉尻が小さくなって、曖昧な笑みが浮かぶ。
少し意地悪が過ぎたかと思い、やきもちからくる一時のサディスティックな思いを押し込める。
たぶん、晴香は、男嫌いだ。
いや、嫌いとか好きとかいうレベルではなく、たぶん男性の性そのものを拒否している感がある。
それに気がついたのは最近のことで、それこそ店員レベルからお釣りをもらうにもひどく緊張しているところから、それはきっと事実に近いことなのだと確信をもっている。
あの母親のせいでろくでもない男ばかりと遭遇する機会が多かったのだから、晴香がそういう状態に陥っても仕方がないともいえるし、一種の防衛反応ともいえるかもしれない。
だが、俺が真っ先に思ってしまったことは、これで彼女が自ら男に近づく事はないのだろう、という願ってもない事実だけだ。
彼女のこの症状が思春期にありがちな軽い拒否反応だとしても、10代の内に近づくであろう馬鹿なオスどもを寄せ付けないのには充分な症状であり、彼女がどうやら女子校に近い高校を希望している、という事実も俺を無駄に喜ばせている。
本当は、彼女を閉じ込めて誰の目にも触れさせたくはない。
だけど、こうやって日向の中を歩いている、彼女の姿を見ることもやっぱり好きなのだと、ふいに吹き上げた風に舞う彼女の長い髪の眺めながら思う。
俺には、晴香しかいないように、いつかは、晴香には俺しかいないと思ってもらえるように。
今はただ、そばにいるだけ。


12.6.2007update/3.28.2008再録
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