兄さんが突然やってくる、などということは当たり前の光景。
だがしかし、どうしてこうもこの人は嗅覚がするどいのだろう。
父さんが休日出勤で、母さんが街へと散財しに行った日に限ってやってくるだなんて。
「うふふ、美夏ちゃんおはよう」
「おはようって時間じゃないと思うんだけどね」
「えーーー、毎日お仕事遅くまでがんばって、しかもこーんな時間に起きてこられるだなんて、がんばったと思うんだけどなぁ」
まあ確かに、社会人の兄さんが土曜日のぎりぎり午前中とも言える時間に登場できる、というのはがんばったと思う。だけど意外すぎてどうかんがえても狙ってやったとしかおもえない。現に母さんだってこんな時間にのこのこ現れるだなんて思わなかったから、私一人を置いて出かけてしまっている。
「よいしょっと」
「やだ、美夏ちゃんったらおばさんみたいな掛け声して」
「あー、はいはい。で、どこ行く?」
「ええええええ?美夏ちゃんってば、休日真っ只中、今だ疲れもとれてませんっていうサラリーマンに腰を上げろっていうの?」
「じゃあ家に帰って寝てれば?」
「美夏ちゃんのいけず!」
「はいはいはいはいはいはい、で、どこ行く?別に置いていってもかまわないけど?」
「ぶーーーーーーーー、美夏ちゃんここは一つ、ゆっくりまったりお家で過ごすべきだと」
「やだね」
「どうして?ほらほら美夏ちゃんの大好きなシュークリームだって買ってきたし」
確かにそれはそそられる。さっきからあの店の箱が気になって気になって仕方がなかったのだ。
だけどシュークリームと貞操をはかりにかけるつもりは無い。
どう考えたってこの状況で二人きりはまずい、いや、やばい。
じりじりと距離を縮めて来た兄さんに、じりじりと距離を離す。
取り合えず追い込まれないように玄関へと移動する。
「で、本当に留守番しとく?私はそれでかまわないけど」
「美夏」
こうやって兄さんが呼び捨てにするときには要注意だ。
案の定両腕をつかまれてみるみる兄さんの顔が近づいてくる。
母さんも父さんも、おばさんだって来てくれない。
だけど、心のどこかでどうかなってしまってもいいのかもしれない、などという不埒な気持ちがあったりもする。
後少し兄さんとの距離が縮まりそうな瞬間、思わず、本当に無意識的に私の右足が兄さんの「…」を直撃した。
しかも物理的に強い膝で蹴り上げてしまったかもしれない。
無言でかがみこんだ兄さんの姿を何度見たかな、などと思うほどこの光景は見慣れたもので、それでも懲りない兄さんにも驚くし、無意識でそんなことができるようになってしまった自分がもっともっと恨めしい。
「で、どうする?」
「………美夏ちゃんひどい」
「あーー、マクドナルドでいい?お小遣い残り少ないし」
「どっちかっていうとチキンがいいっていうか、おごるし」
あっという間に靴を履いて外に出た私を、どこか変な格好で追いかけてくる。
まあ、私達にはまだまだこれがお似合いということで、誰もいない我が家を見上げる。
少しだけおしかったかも、なんて思った気持ちは空の彼方へ放り投げるか、地面の奥底へと埋めてしまおう。
10.1.2007update/2.21.2008再録