16.繋ぎとめてよ
 居心地のよいぬるま湯のような関係に、自分は心底満足していると思っていた。探り合うような激しい恋愛期間を経て、友人曰く銀婚式を迎えた夫婦のようだ、と評される二人の関係に文句があるわけでもない。どちらかというと平凡で落ち着いた日常を好む自分としては、今の状態は願ったり叶ったりの状態のはずだ。
だけど、ふとした隙間から入り込んだあの人の笑顔は、日に日に自分の中で大きくなっていき膨れ上がってしまった。
現実を知れば、その思いにブレーキがかかることもあるのだろうけれど、僅かな接点しか与えられていない私にとっては無理な話だ。
だからといって、何か行動をおこすつもりはないのだけれど。
夕食を終え、当番制であるところの食器洗いをこなしながら、横目で彼の様子を窺う。
何がおもしろいのかわからないテレビ番組を心底楽しそうに見入っている姿に、気がつかれないようにため息をつく。きっと、この不一致だけは一生平行線のままなのだろうな、と、日頃あまりテレビ自体を見ない私には少し頭の痛い問題だ。
彼と別れるつもりはない。
現に、今だって将来に渡って彼との間で起こるであろう問題について想像をしている自分がいる。だけど、このままでいいのかな、と思う自分がいるのも事実だ。
たぶん、倦怠期、というやつなのだろう。
三年も付き合えば、そういう話の一つや二つ出て来たところで問題はないのだろう。
でも、だけど。
常日頃からウジウジしている人間が大嫌いだと言い放っている割には、今の自分はもっともイライラさせる人間になってしまっている。
何が不満なのか、何が不安なのかをうまく言葉にすることができないからだ。
久しぶりにドキドキしたあの人のせいなのか。
交代制だといいつつも、結局のところ私の方家事の多くをこなしてしまっているせいなのか。
それとも、いつまでたっても靴下を脱ぎ散らかす癖をやめない彼のせいなのか。
どれも当てはまっているようで、どれも当てはまらないような気がする。
カチリと食器同士がぶつかる音がして、彼氏がこちらに無意識のような仕草で首を向ける。
何も言わずに画面へと戻される視線に、再び盛大なため息をつく。
気がつかれるようにわざとついたため息も、テレビの馬鹿笑いと共にあっけなく流され、私はもうどうしていいのかわからなくなる。
まだ、間に合うのかもしれない。
彼氏と別れて、新しく恋愛をして、と、そのステップ考えれば考えるほど面倒くさくなる。
なにより、こんな精神状態でも私はまだ、コイツのことが好きなのだから。
だから、お願いだから私を繋ぎとめて欲しい、と、そんなことを思いながら水切りかごの中へ最後の皿を投入する。
まだ大丈夫、この言葉を何回繰り返せば私の中の問題は解決するのだろう。
私は、彼との間を繋ぎとめている鎖の強度を確かめる。
いつかはきっと、この鎖を断ち切ってしまうだろう未来をほんの少しだけ予感しながら。



9.3.2007update/10.23再録
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