14.約束(大好き!シリーズ)
「美夏ちゃん、ひどい」

相変わらず変態で、夏が近づいて去っていくまで変態だった兄さんがあほなことを言い出した。

「そんな約束はしていません、っていうか危なすぎてするわけないっちゅーに」
「ひどい、兄さんはそんな子に育てた覚えはありません」
「育てられた覚えもないっつーに」
「美夏ちゃんの嘘吐きーーー。新しい水着見せてくれるって言ったのにぃぃぃぃぃ」

これが立っていたらたぶん本気で地団駄というやつを踏みそうな勢いの兄さんが、クッションの上に座りながら拗ねている。大の大人が、大きな男が拗ねている姿はあまり美しくはない。しかもそれが私が今季購入した水着が見たい、という理由だったりするのだから情なさが倍増する。

「すくーる水着も捨て難いけど」

と、思いっきり不埒な想像をしていそうな兄さんを睨みつける。
執着するのは私自身でロリコンじゃない、と常日頃言っている割には、制服、スクール水着、ハイソックスあたりに反応するなんてやっぱり変態すぎる。
兄さんはびくりとしながら、自分の失言を取り繕っている。けれども墓穴を掘りっぱなしな兄さんは、まるで大きな穴の前で右往左往している子どもの状態だ。おまけに母さんまでその隣で睨んでいるのだからたまったものじゃない。いや、その母さんの前でこれだけ自由に己の性癖を主張できる神経がすごいと言うべきだろうか。

「水着だって着てあげないとかわいそうだよ?ほらほらほら、ホテルのプールも来週までだし」
「悪いけど、もうさんざん着たし、別にわざわざ兄さんとホテルまで行く必要はないと思う」

ぽろっと本当のことを洩らしたら思いっきりショックを受けて、畳の上にのの字を書き始めてうっとうしい。
いや、日焼けに気をつけていたからあまり外で遊んでいないように見られるかもしれないけれど、社会人と違って夏休みがたっぷりある学生にとって遊ばない夏など夏じゃない、と言い切ってしまってもいいと思う。現に、先週は宿題の洪水でひどい目にあったわけだし。

「どうしてーー、どうして兄さんとの約束を忘れちゃったのーー?美夏ちゃん」
「だから、約束した覚えがないんですけど」
「美夏ちゃんが政治家みたいなこと言ってるし」
「やかましい、どれだけ文句垂れたって行くつもりはない」
「ええ、もちろん行かせるつもりもなくってよ」

コップの中の氷をがりがり齧りながら母さんまで応戦する。
兄さんは捨てられた子犬のようにうな垂れたまま小さくなっている。
これぐらい言ってもきっと、秋には秋の理由をくっつけてデートに誘うのだろうな。
その不屈の闘志だけは褒めてあげてもいいし、それがないと少し寂しいと思ってしまう自分の精神構造もやばいと思う。
われ泣き濡れて、ではないけれど、ぐじぐじ言いながらも明日も仕事がある社会人の悲しさ、兄さんは退場していった。
秋の理由は紅葉狩りか栗拾いか。
きっと、日帰りでは帰れないようなプランを立てて一蹴されるのだろうな。
で、かわいそうになって近くの公園にぶらぶら散歩をする、というプチデートっぽいものを逆提案するのだろうな、自分。
予想通りすぎて笑ってしまいそうな兄さんと、それにうっかり同情する私。
もう少し、いや、できるだけ長くこのままでいいのに、と、願ってみる。
星に願いを、なんていう年でもないのだけれど。



9.3.2007update/10.23再録
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