12.世界をとめるくらいの威力
彼女が柔らかく微笑む。
決して大袈裟な笑顔ではなく、控えめで、でもこちらを照らすような明るさで。
だから、僕のつられて笑う。
彼女に僕の気持ちが伝わればいいのにと、思いながら。


第一印象は最悪だった。
あの頃の僕は成績だけが生きがいで、誰にも抜かれたことがなかったことが自慢だった。だから、それがあっさり転入生であるところの彼女に抜かれたとあれば、当然彼女に対してよくない印象を抱くのも仕方が無いことだろう。
それがどれだけ自分勝手なのかは、今は痛いほど理解しているけれど。
だから、彼女のことなど気にしていない風を装いながら、それでも必死になって耳だけは彼女の事を知ろうとしていた。
同じクラスになれば、挨拶ぐらいは交わすのが普通だし、それは彼女に対しても同じだったけれど、僕は頑なに彼女と親しくなろうとはしなかった。
それが例え席替えで近くの席になったとしても、だ。
だけど、彼女が僕の斜め前に座った時には、否が応でも無く彼女の事が視界に入り、そのたび不快な気分となった。
彼女の真っ直ぐで綺麗な髪が、それを耳にかきあげる仕草が、その何もかもが気に入らなくて、わけも無くイライラした。
やがて次のテストの時期がやってきて、僕は前回の雪辱を晴らすべく、ムチャクチャに勉強をした。
斜め前の彼女は気になるけれど、それでも必死で勉強した。
そのかいあってか、そのテストで僕は彼女を上回ることができた。たった数点だけど、彼女に勝てた事が嬉しくて、教壇の先生から結果を貰った帰りに、彼女に対してバカにするかのように笑ったのだ。
だけど、そんな浅はかな僕の態度など気にもしないように、彼女はにっこりと笑顔を送り返してくれた。
その笑顔を見た瞬間、息が止まるかと思った。
わけも無く心臓がはね、一時は本当に病気を疑ったほどだ。
その心臓が跳ねる、落ち着くを繰り返し、僕はようやく、自分が彼女と視線があったときにそんな体の変化が起きるのだと気がついた。
今思えばバカな話だけれど。
だけど、なぜ、なのかまではわからなかった。
わけもなく、彼女を見るとドキドキする。
彼女が他の誰かと話しているのをみるとイライラする。
わけがわからない、僕は彼女の事が嫌いなのに。
そんな歪んだ思いがあっさりと氷解するのも時間の問題だった。
僕は彼女の笑顔にとっくの昔にやられていたのだから。

僕が笑う、彼女が笑う。
大好きな彼女が、ずっと僕の傍で笑ってくれますように、と、子どものように空に祈りながら。


7.27.2007update/10.6再録
くちづけたくなる20題/ Text/ HOME
template : A Moveable Feast