09.いちばんドラマチック
 テレビや小説のような格好いいプロポーズがあったわけじゃない。そもそも平凡な彼と平凡な私には、セリフだけが浮きまくりそうで、そんなものは似合わない。ただ、疑問系で「結婚する?」と言われたことは少し、少々不満に思わないでもないけれど。

休日で久しぶりの晴れの日、どこかへ行けばいいのに、結局普通に起きて普通に洗濯なんかした。
夫は、起きているのか眠っているのかよくわからない状態で、それでも確実に用意した昼飯はたいらげた。
うだうだと、徐々に気温が上がってきた午後、さわやかに乾いた洗濯物を取り込み、おなかの上に開いた本をのせそのままの体勢で昼寝をしている夫の横に座る。
乾燥機はあるけれど、やっぱり外で干すのは気持ちが良いと、黙々とタオルなどを畳む。
相変わらず夫は昼寝のままで、つけっぱなしのテレビは競馬中継を淡々と届けてくれる。
柔らかな布の感触と、お日様の匂い。
共働きの夫婦で、私ばかりが働いているなんていう不満を当初は持ったりもしたけれど、それでもお互いなんとか折り合いをつけて今日までやってきている。
幸せそうに眠っている夫の鼻をつまんでみようかと思うぐらいで済む程度には。
暖かい日差しは徐々にかげっていき、日が長くなってきたとはいえ、そのうち真っ暗になるのだろう。
そうしたら、二人で冷やしているワインを飲もう。
洗濯物を畳み終え、いそいそと冷蔵庫の中身と相談する。
外に出る気力すらないから、中にあるものだけでなんとかしようと野菜室をひっくり返してみたり、冷凍室を覗いて見たりしてみる。
バサリと本が落ちる音がして、夫が寝返りをうったことがわかる。
とっくに目当ての番組が終了したテレビは、どこか外国旅行の情報を流しつづけ、新婚旅行ぐらい行っておけばよかった、なんてあまりに暇すぎてくだらない考え事をいったりきたりしている。


「ビール飲む?」

寝ぼけ眼で台所の入り口に登場した夫は疑問系で、でも、確実に自分が一番ビールを飲みたそうにお伺いをたててくる。
どこかおかしくて、でも、笑ったらすねてしまいそうで、堪えながら冷蔵庫からビールを取り出す。

「これでいいよね」

ストックしてあるピスタチオを取り出し、テーブルの上へ置く。
とりあえずわたしも、夫の真正面の席へ座ることにする。
夫が注いでくれたビールで乾杯をして、よく冷えたそれを口に含む。
独特の苦味と、炭酸の感触と、何もしていないのに冷たい物を欲していた喉が嬉しがってそれを飲み干していく。

「おいしいねー」
「おいしいな」

かぶったセリフに二人でクスリと笑いあう。
別に何か特別なことがあるわけじゃない、ただ、二人でのんびりと過ごす一日。
それが、私の中でいちばんドラマチック。


6.16.2007update/9.8再録
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