とても気持ちよさそうに眠っているその顔に、思わずいたずら書きをしたくなった。それぐらいあなたの寝顔は無防備でかわいくて、だからこそ同じだけ憎たらしい。あたしよりもはるかに長いその睫毛に爪楊枝でも乗せてやろうか、なんて、そんな子供じみた思いまで浮かんでしまい、苦笑する。
周囲の人間から言わせれば、あたし達の付き合いは猫同士がじゃれ合っているようにも見えて、仲がいいのか悪いのかわからないほど仲が良い、らしい。よくわからない言われ方に、この人は笑ってうなずいて、あたしは眉間に皺を寄せる。
つまるところ、この人との仲は腐れ縁、なのだと思う。
高校からずるずると、あたしが家の仕事を継ぐ形で就職しても、こいつが大学へ行ってもそのままで、あたしの知らないこいつの世界がどんどん拡がっていっても、ただ一つこいつの世界の端っこだけは確かにあたしの物だと確信できるような何かがあって。だからこそ、なんとかこうやって二人でくっついていられたのだと思う。
どれだけ一緒に眠ったのかなんてわからなくなってしまったベッドの上で、こうやって裸の上に毛布を一枚被せただけでうつぶせて、眠っているこいつの顔を見る瞬間が一番好きだ。今日どれだけひどく喧嘩をしただなんて、一瞬にして忘れてしまえるほど無防備な寝顔は、まだあたしだけのものだと思っているから。
ふと、あたしが知らない世界を纏ってやってきた女の事を思い出す。
その子の事でいらない喧嘩をしたというのに、それすらも色褪せて、なかったことになってしまったようにこいつの寝顔を焼き付けながら瞼を閉じる。
綺麗に手入れされた爪も、雑誌のモデルみたいに綺麗に巻いていた明るい髪色も思い出せるのに、肝心の顔はすっかり浮かんでこない。
ただ、あたしを見て、勝ち誇ったように見下ろしていたその視線だけが瞼に浮かび、思わず目を開ける。
目の前にはやっぱり無防備に寝るこいつの姿があって、ほうっとため息をつく。
トモダチ、といった言葉に嘘はないと思う。
だけど、煩いほど女を主張する彼女の態度にチリチリと胸が焦げたのは本当のことで、少しぐらいそれがあたしの頬に拗ねた顔として出てしまっても仕方がないと思う。それを一方的にあたしだけをたしなめるなんて、合点がいかない。
やっぱり鼻でもつまんでおこうと、毛布からそっと腕を出す。
その腕が誰かに掴まれる。
誰か、だなんて、コイツ以外にはいないはずで、問答無用で唇が合わせられる。
突然のことで、とっくに慣れているはずなのに息ができなくて、離した瞬間大きく息を吸って笑われてしまった。
照れてぷくっと膨らんだあたしの頬を人差し指で軽くつつき、もう一度キスをする。
「愛してる」
短くもそっけなく、だけどずしんと心の真ん中に響く言葉だけを囁いて、再び熟睡体勢に入る。
どうしていいのかわからなくってじたばたする気持ちと、嬉しくって抱きつきたくなる気持ちがせめぎ合って、思わず毛布を被って無理やり眠る体勢に持っていく。
しばらくすると、本当に睡魔がすとんと降りてきて、あたしはようやく眠る事ができた。
やっぱりあたしも愛してる、だなんて、口に出してもいない言葉に勝手に照れながら。
6.1.2007update/8.11再録