不確かな気持ち(ひとつとや)
 背中から伝わってくる熱に、思わず目を瞑る。
晃さんはただ、勉強をみてくれているだけ、それだけのこと。
だけど、私の中の何かが、違う、と訴える。
椅子に座った私に覆い被さるようにして背後に立っている晃さんの気配をうかがう。
腕まくりをした、少し白い両腕が机の上に置かれ、明らかに男物とわかる腕時計が刻々と時刻を表示しつづけている。

「どうしたの?」

まるで耳元で囁かれたかのような晃さんの声が、ぞくっと体の中に染み込んでいく。
今まで、この人にセクシャルな部分を感じ取ってこなかったといえば嘘になる。
私は子どものふりをしてずっとそれに気がつかない素振りをしていたのだから。
彼が、私の事をどう思っているかだなんてあたりまえすぎて口にはだせない。
声に出した瞬間、私がそれに囚われてしまいそうだから。

「……なんでもない、です。ここが、よくわからなくて」

幼いふりをした私は、何事も無かったかのようにふるまう。
晃さんも、なんでもないかのようにさらりとそれに答える。
私はまだこの関係を壊す気はない。
晃さんがどう考えているのかはわからないけれど。

「ごめんなさい、お仕事でつかれているのに」

帰宅が早いときには、こうやって平日でも私のところにやってくる。
それが当たり前のように、晃さんは私の隣にいてくれる。

「晴香が気にすることはない、こうやって一緒に過ごすのもよい息抜きになるから」
「でも…」
「いいんだ、晴香。晴香はそんなことを気にしなくても」

言葉が零れ落ちるたびに、私の髪が揺れ。いつのまにかこの距離感にも慣れてしまった自分が恐ろしい。
私は、関係を変えたくも無いのに、この距離で過ごすこの人を無くしたくはないのだから。

「後でお茶を入れてくれない?晴香のいれてくれたお茶はおいしから」
「…うん、よろこんで」

筆記具を掴んだ私は、必死で宿題の続きにとりかかる。
晃さんはずっと私の後ろに立ったまま。
僅かの緊張と、はるかに上回る安堵の気持ち。
私は、やっぱりこの気持ちをどう整理していいのかがわからない。

だから、私はそっと気持ちに蓋をする。
私がもっとずっと大人になるまで。


7.18.2008update/12.4.2008再録
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