Act.08-2
「日曜日まで私に付き合って、大丈夫なの?」
「大丈夫ってなにが?」
「やーーー、んーーーー、なんというか、その」
彼女にしては歯切れが悪い物言いがなんとなく気に掛かる。
「何か不都合でも?」
「や、私にはないよ?全然、まったく」
「だったらいいじゃないですか」
「えーーー、でも」
「でも?なんですか?」
猪突猛進に、自分の事を大嫌いだと言い切った彼女と、同一人物だとは思えない受け答えだ。
「友達に言われたんだけど」
「はぁ」
自分の前で、彼女に近づかないで、と啖呵をきっていった女性を思い出す。まあ、たぶんあの辺りから何かを吹き込まれたのだろう。言い方は悪いけれど、人間関係を深く考えたりしない彼女が、今の自分達の関係に疑問をもつとは思えないから。
「あなたに彼女が出来なくなるから、あんまり親しくしない方がいいって」
「・・・それ、誰が言いました?」
「うーー、内緒」
やっぱり、あの時の女性を連想してしまう。
彼女は少数だけれども、かなり深く友人づきあいをするタイプだ。彼女が懐いている相手は、彼女をそれはそれは恐ろしいぐらいかわいがっているのがわかる。だからこその牽制、だろう。彼女を傷つけるものは許せない、そう彼女達が後ろで叫んでいる気がする。
「彼女はいませんし、作る気もないですから大丈夫ですよ」
「ほんとに?」
「ええ、ほんとうに」
「あ、じゃあさ、これも聞けって言われたんだけど」
あっさりと、友人に何かを吹き込まれましたと白状した彼女は、そのことに気がつきもせず、ニコニコと話しつづけている。
「どうしてそんなに一緒にいたがるの?」
好奇心を剥き出しにした、子どものように、彼女は目を丸く輝かせている。
そんな彼女をかわいいと思う一方。一瞬にして、答えに詰まってしまう。
どうして?
そんなものは俺自身が一番聞きたいことだ。
どうして彼女と一緒にいたいのか。自分のペースを崩してまで彼女との時間を作り出そうとしている。そんな俺は以前では考えられない。
「どうしてって言われても」
「私は友達だからって答えたんだけどねぇ」
「ともだち・・・」
「以前は胡散臭くて苦手だったし、誤解して大嫌いだったけど、こうやって付き合ってみると結構おもしろいやつだし」
彼女から掛けられた、友達という言葉が頭の中を駆け巡る。
「やっぱり、そーだよね。友達だから、だよねぇ、うんうん」
「いや・・・」
「あいつらってば勝手なことばっかり言ってるんだもん。冗談じゃないって言うの」
ともだち?ただの、友達?それ以上でも以下でもなく?
「あなたが私のこと好きで狙ってるから、気をつけなさい!なんて言うんだよ?信じられる???」
「好き?」
「ふふふふふ、笑っちゃうよね」
小首を傾げながら同意を求める彼女は、とてもかわいくて。本当に無意識だけど、思わず距離を縮めてしまう。
気が付いた時には、唇で彼女の唇に触れていた。
自分でも自分が何をやっているのかわからなかった。しでかしてしまったことに呆然として彼女を見つめることしかできない。
正気に返った時には、綺麗に彼女の右ストレートが決まっていた。情け容赦なくきっちりと。
「なにすんのよ!」
「こういう時は平手じゃないのか?普通」
意外な行動に、軽く口の中を切ってしまったらしい、酷くいやな血の味がする。だけどそれとは逆に気分は晴れた日のように澄んでいる、軽口を叩けるほどに。
「た、ただの友達になんてことすんの!!!」
「いや、ただの友達じゃない」
「なによ!じゃあ、なんなわけ!」
目の前の霧がすっと晴れていく。
あんなにもくだらなく悩んでいた、俺がばかだったのだ。
そういう対象で見たくないだの、もっと別の次元でみているから、だの、御託を並べ立てていた俺自身が恥ずかしくなる。
彼女を知りたい。
彼女に知ってもらいたい。
そう、ただ単純なのことなのだ。
俺は彼女が好きなのだと。
「好きだ」
「へ?」
突然の告白。彼女が驚くのも無理はない。その前にやってしまったことがあれなだけに、ぽかんとしたまま固まっている。
「好きだ」
「は?」
自覚してしまえば簡単なことで、何もかもが急に強気になっていく。
「好きです、木崎さん。聞こえてる?」
彼女の両腕を掴みがっちりとその場にホールドする。固まっていた彼女も、なんとかコクリと頷く。
「木崎さんは?」
唐突に振られた質問に、彼女はどういう体制に置かれているのかも忘れて、素直に小首を傾げる。
「嫌いじゃない、けど」
「嫌いじゃないけど?」
「わかんない」
とても彼女らしくて素直な返事に、半ば感心して半ばがっかりもする。
「じゃあ、さっきした事は?」
思い出したのか、瞬時にして真っ赤になっていく。そんな反応もかわいくて、ついついからかいたくなる。
「嫌?」
「嫌と言うか、驚いたというか・・・」
とても素直な彼女は、頭で理解するよりも先に、感覚で自分にとって嬉しい答えをくれる。
「じゃあ、好きなんだよ」
「誰が?」
「木崎さんが」
「誰を?」
「僕を」
自信過剰とも思える自分の返事に、彼女が呆れる。だけど、少しぐらい自信をもっても許されるんじゃないのか?彼女の反応をみていれば。
「大丈夫、我慢強いから」
「いや、なんかよくわからないんだけど」
「なんとかなるよ、きっと」
「とてつもなく悪い方向へ流れている気がするのだけど」
「気のせい気のせい」
そういってさりげなく彼女の手を握る。
嫌がる素振りも見せず、彼女はそのまま大人しくてを引かれている。
手袋越しだけど、彼女の体温がくすぐったくて、子どものようにその腕を振り回したくなる衝動に駆られる。
「日曜日はどこで勉強する?果穂さん」
サラリと彼女の下の名前を呼ぶ。
彼女は少しだけ頬を赤くしながらも、ぶっきらぼうに答える。
「別に、どこでもいいけど」
「じゃあ、俺んち?」
おもしろいように反応する彼女に多少の意地悪をしたくなるのは仕方が無いと思う。
「それはあんまりだから、図書館にでも行きましょうか?」
「ん・・・」
素っ気無い承諾の返事。
それだけでも嬉しい。
駅まで後少し。
いつもと同じ風景を、いつもとは違う気持ちで歩く。彼女と一緒に。
今日はきっと、離れたあとも寂しくはない。
これから先もきっと、彼女と歩いていけるのだから。
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