Act.07
あっという間に走り去っていった彼女を、ただ呆然と見つめていた。
「理由わかったか?」
ニヤニヤと好奇心を抑えようともせずクラスメートが近寄ってくる。
相変わらず頬杖をつきながら、面倒くさいながらもそれに応える。
「わかった・・・、ような、わからないような」
「結局よくわかんねーの?」
「いや、わからないというか。とりあえず嫌いじゃないらしい、今は」
「ほーーー、大声で叫んだわりには、あっさりと撤回したな、あいつ」
「猪突猛進って言葉がぴったりくる感じが・・・」
「あーーー、思い込んだら一直線ってやつだろ?まあ、そこがかわいいって周りには思われているみたいだけど」
「扱い方が良くわからないというか」
「単純なやつだから、お菓子でも与えたら懐いてくるんじゃね?」
「・・・・・・考えておく」
ケラケラと大声で笑いながら、本気なのかからかいなのか良くわからない会話を交わす。
いつのまにかまた考え込んでいたのだろうか、自然と寄った眉根を思い切り指先で弾かれる。思いがけない痛さに、叫び声を何とか押し留める。
「なにするんだ!」
「いやね、嫌いじゃないってわかった割にはすっきりしない顔してるっていうか」
「不満そうだよね、とっても」
「そんなことは・・・ない・・・」
とは、はっきりと言い切れないせいか、語尾がはっきりとしない。そんなものは百も承知なのか、彼らは次々と畳み掛けてくる。
「友達になれたわけだろ?」
「まあ、そういわれれば、そうかもしれないけど」
「だったら、当初の目的達成じゃん」
「それは、そうだけど」
「友達じゃいやって?」
「そんなことは、ない、けど」
自分でも本当のところはよくわからない。彼女の事が知りたい、とても単純な希望から始まったのに、それが叶いそうになった今、なんとなく物足りない気がしてくるなんて。
一番しっくりくる友達という言葉を使ったけれども、だからといって、彼女のその他大勢の友達のグループの中に入っていくのは尺に触る。例えば、今話しているこいつだって、部活が同じ彼女の友人とも言える。彼と、同列に扱われたいかと言われれば、それはなんとなく嫌だと思う。
結局、自分が何をしたいのかがわからないから、喉に小骨が刺さったようなもどかしさを感じてしまう。
「まあ、お友達からってやつもあるから、いいんじゃねーの?とりあえず」
「健全な男が、一人の女の子を捕まえてお友達になりましょう、っていうのも変な気がするけどな」
「こいつの場合それぐらいからリハビリするのがいいんじゃないか?」
あからさまに馬鹿にされている。だけど、今の俺には苦笑いを返すことが精一杯だ。
これ以上からかうのは酷だと思ってくれたのか、話題がほかの物へと移っていった。
「何しにきたわけ?」
「何しにって、見学に」
もやもやしたままとりあえず、彼女の事をより知ることが重要じゃないかと思い、早速行動してみる。俺の顔を見た途端、怪訝そうな顔はしたものの、以前のような視線はもちろん受けることはなく、不機嫌なりにもきちんと俺の相手をしてくれる。
そんな態度が嬉しくて、ついつい頬が緩む。
どうかんがえてもよくわからない構図なのだが、美術部の連中は相変わらず他人にはあまり興味がないらしい。
一人一人、部員が帰宅していく、最後に残ったのは、俺と彼女の二人だけになってしまった。
部室の鍵を託されている彼女は、こうやっていつも最後まで絵を描いていくらしい。
本日最後の一塗りを終え、絵筆を置く彼女をじっと見つめる。そんな視線を気にもせず、彼女が絵を少し離れたところから眺めなおしたのち、道具を片付け始める。
「もう帰るの?」
「つーか、まだいたわけ?」
「いたんですよ、これが」
所々に絵の具が染み込んだエプロンを脱ぎ、普通の制服姿に戻る。
すっかり道具を片付け終えた後、彼女に話し掛ける。
「いつもこんなに遅くまで?」
「んーー、そうね。大体こんなものかな?」
「女の子が危なくないの?」
「別にーー、帰り道も明るいところばかりだし」
「でも、危ないよね」
「いや、別に危なくないし」
「危ないから、これからは一緒に帰りましょう」
にっこりと有無を言わせぬ強さで言い切る。何を言っているのかわからない、といった顔をしたまま彼女は固まっている。
「じゃあ、そろそろ一緒に帰りましょうか」
少し前のめり加減になりながら、彼女が食って掛かる。
「いやいやいや、別に頼んでないし」
「いいえ、自分がしたいだけですから、ええ」
「だから、大丈夫だって」
「こういう時代ですから」
「なにじじむさいこと言ってんのよ」
必死になって抵抗をする彼女がかわいくて、おもわず笑いが漏れてしまう。そんな自分に、馬鹿にされたのかと思って彼女が思わず頬を膨らませる。
そんな仕草も可愛くて、思わず手を触れたくなる。
だけど、一瞬思い出した痛みが、それを躊躇わせる。
大体、友人であるといって線引きをしたのは俺自身だ。それ以上でも以下でもあってはならないのだから。
「一緒に、帰りたいんですよ。ただ単に」
口について出てくる言葉は、思いがけずも本音を曝け出している。
想像していなかったセリフなのか、彼女が器用にも頬を膨らませたまま真っ赤になっている。
うやむやになったのか、彼女自身が納得したのか、彼女は大人しく俺の隣に並んで歩く。
最寄の駅のホームから3駅先が彼女の降りる駅。
ほんのわずかな時間。
彼女が隣にいる事があまりに自然で、彼女が降りた後、あいてしまった左側のスペースが、とても寂しく思えてくる。
すっかり辺りは暗くなり、月が顔を覗かせている。
もう少しでわかりそうで、でもわからなくて。
月に向って叫びそうになる。
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