Act.05-2
「体調悪いのか?」
「いや・・・」
夜になれば夢にうなされ、昼間は昼で暗い思考に支配される。
そんな状態で健全な精神など保てるはずもなく。また、そこまで自分自身で理解しているのに、どうしようもできない歯痒ささえ身体を蝕んでいく。
いつからか、八方美人的に笑顔を振り撒くことをやめた。
それでもまだ、優等生の仮面だけは捨てられないのか、授業だけは受けてはいるけれど。
豹変した俺に、離れて行った人間は多数いる。だけど、そのままでいてくれる人間もたくさんいた。
自分にとってはそちらの方が驚きで、よく考えてみれば、離れていった人間は、自分を都合よく利用していた人間ばかりだと気がついた。
思った以上に、自分の本質を捉えてくれていたのかもしれない、そんなことを思ったら、仮面を被って騙していたつもりになっていた自分が滑稽に思えてくる。
「そういえば、あいつのことは諦めたのか?」
「あいつ?」
「木崎さんのこと」
ああ、と溜息をつく。
彼はそれだけでわかってしまたのか、相槌のように溜息をつく。
「おまえなぁ、それってただ単にアイツに惚れたってことじゃねーの?」
「惚れる?彼女に???」
いあ、そんな思いはもっていなかったはずだ。
俺にとっては彼女は、もっと純粋な思いの対象だ、そんなに安っぽい言葉で言い表せる相手じゃない。
「あのな、アイツの事が気になるんだろ?」
不機嫌なままとりあえず頷く。
確かに、彼女の事は気になる。
「知りたいんだろ?」
「もちろん」
「で、ついでに言うと知って欲しいんじゃねーのか?自分のこと」
顎に人差し指を当てながら考える。
もちろん、彼女の事は知りたいし、自分のことも知っていて欲しい。それは初めて会った瞬間から考えていたことだ。
だからこそ、彼の言葉に大きく頷く。
「あんまり俺も偉そうなこと言える立場じゃないけどさ、それって恋愛感情ってやつだろ?」
「いや、違う・・・」
自分の心情とあまりにもそぐわない言葉に即答する。彼は困った顔をしながらも、その先を続ける。
「じゃあ、知ってもらってどうするんだ?」
「どうするって」
「お互いを理解しあって、その先どうするって聞いてんの」
そんなことは考えたことが無かったから、正直戸惑い以外を感じられない。
「その先がメインじゃないのかね、普通」
彼の呆れたような言い方にむっとする。
「最近、いい顔するなぁ、おまえ」
そんなことを言い放って、彼はそのまま部活へ行ってしまった。
答えを出せずに立ち止まっている俺を見捨てて。
「あ、久しぶりーーー」
彼に投げっぱなしにされた質問を考えながら歩いていたら、陽気な声が聞こえてきた。その声の方に顔を向けると、どこかで見たような少女が立っていた。
たぶん、同学年だとは思うのだけれど。
モロにその疑問が顔に出ていたのか、軽く鼻を弾かれた。
「あのね、友達って言ったでしょうが」
軽く鼻を抑えながら、その友達と言う言葉に反応する。
「確か、木崎さんの・・・」
「そ、クラスメート」
くすりと彼女が微笑む。
「あの子以外興味ないみたいねぇ、あなた」
「いえ、そういうわけでは」
「友達になろうっていうのは、なかなかおもしろかったわよ」
「断られましたけどね」
彼女は先ほどまでとはうって変わって、真剣な顔をしている。ガラリとその場の空気が変化する。
「あの子に近づくのは好奇心?」
「・・・それもありますけど」
「友達になって、どうするわけ?」
「今日、僕のクラスメートに聞かれましたけど、その先はどうするのかって」
まさしく、クラスメートに聞かれたことを、木崎さんのクラスメートからも聞かれ、戸惑う。
「彼女の事、好きなの?」
「いえ、そういうわけでは」
そんなことは、ない。いや、そうであってはいけないのだ。
「だったら、安易に近づかないでちょうだい。あの子は見た目よりずっとずっと繊細なんだから」
「安易なつもりじゃないですけど」
「じゃあ、利用しようとしているわけ?自分には無いものを持っているあの子を」
否定の言葉を発するより前に、挑発的にこちらを見据える彼女の両目に怯んでしまう。
「他人で自分の穴を埋めるようなまねはやめてよね。そういうのってただのないものねだりでしょ!」
彼女は短いスカートを翻さんばかりな勢いで、俺から離れて行った。
再び質問の波にのまれたままの俺が取り残される。
わからない。
この気持ちがなんなのか。
毒が、体中に浸透していく。
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