76.擦れて生じる-reflection-



Act.04

 初対面から好かれていないらしい俺は、密かに溜息を吐く毎日を送っている。
やっぱり、彼女とは接点はまるでなく、アレ以来部室に行く事も躊躇われる。そしてなにより人目を気にしてしまい、彼女の近くへ強引へ行く事もできない。
もっとも、どうして彼女に強く興味を持つのかさえ理解していないのに、そんな大胆な行動にはでられない、なんていい訳をしてみる。

「そういえばお前、木崎の絵に興味あるって言ってたよな?」

片時も忘れる事のない彼女の名前を言われ、我に返る。どうやら教科書を開きつつぼんやりしていたようだ。

「ん・・・だけど、どうして?」

いつもの仮面を素早く被る。あくまでもにこやかに、常と変わらないように。

「あいつがゴミ箱に捨ててったんだよ、あの絵を。で、もったいないなぁ・・・つって拾ってきちゃった」

無造作に取り出すのは真っ二つにやぶられた水彩画。
あの時あの場所で嫌と言うほど衝撃を受けた作品。
彼女はそれを何のためらいもなく破棄していたのだ。

「よかったら、いる?一応俺が貰うっていうことにして許可はもらってるし・・・」
「ありがとう」

紙の後ろで綺麗にテープで繋ぎ合わされた絵は、やっぱり俺自身の感情に何かを与えてくれるものではあるけれど。
だけど、最近それ以上に衝撃的な何かに出会った気がする。
ぼんやりと絵を眺めながら、それが彼女自身なのだとあっけなく気がつく。
なぜだかはわからない、ただ近くにいたいのだ。





「あの、これ。俺が貰ったんだけど・・・」

いいかな?という言葉を紡ぎだす前に、彼女によってそれはひったくられてしまった。
なんとなく言い訳がついたような格好で、授業後に彼女の教室へと立ち寄ってみる。彼女は数人の女子と会話を交わしながら、下校の準備をしていた。

「こんなもの、拾わないでよ」

憎憎しげに見つめる彼女は、最初に接触してきたときと同じ態度だ。変わらない彼女を嬉しく思いつつ、やはり好かれていないのだと知ると悲しくも思う。

「それぐらいいじゃない、あげたって」
「どうせ捨てたんでしょ?私にだって絵くれたことあるし」

友人達のフォローの言葉が繰り返される。こういうときは持ち前の仮面の笑顔が役に立つ。

「それは、だって友達だし」
「僕は友達じゃないの?」
「・・・・・・はぁ?」

彼女の言葉に反応して、思わずこんなことを口走ってしまう。彼女の側にいると平常心を保てなくなる。

「友達でもなんでもないでしょ?」
「でも、僕の名前を知ってましたよね」

答えにもならない僕の返事に、口をあんぐりと開けている。もっと、彼女の色々な表情がみたい。もっと、もっと・・・。それ以上の何かを欲してはいるけれど、わからない、と目を瞑る。

「それは、有名人だから」
「光栄です。で、友達になりません?ついでだから」

あくまでもにこやかに、下心など見せないように振舞う。よく考えたら宣言して友達になる行為そのものがあまりない事だというのに、俺の仮面が効いているのか周りはにこやかに受け入れてくれる。

「えーーー、いいなぁ、私も友達になりたい」

もちろんいいですよ、喜んで。なんて笑いかけながら、彼女への包囲網を狭めていく。にこにこにこにこ、顔に張り付きそうなほどの笑顔を浮かべる。 困惑と嫌悪を足しっぱなしにしたような彼女は、精神的プレッシャーからなのか、じりじりと後ろへと下がっていく。次々と私も私も、と立候補してくる友人達を尻目に、肝心の彼女の方はどさくさまぎれに逃走しようとする気配すら感じられる。

「で、木崎さん。友達になってくれますか?」

にっこりと、最大級の笑顔で彼女へと近づく。彼女が後退した分以上に、距離を近づける。
友人達の笑顔による無言の圧力がかかる。
もちろん、僕自身だって精一杯プレッシャーをかける。
物理的にも精神的にも追い詰められた彼女は、校庭が望める窓ギリギリのラインまで下がり、穴があきそうな程の視線を浴びせてくれる。僕は、変態じみてはいるけれど、彼女の視界の中にいる、ただそれだけで嬉しかった。
だけど、そんな余裕のある態度も僅かに感じる喜びも、ほんの少しの間だけ齎されたものだった。
ずっと黙ったままだった彼女は、その小さな唇を目いっぱい開き、絶叫する。

「おまえなんか、だいっきらいだぁぁぁぁぁぁ!!!」

よりにもよって、見も蓋もない事を叫ばれた俺は、脱兎のごとく彼女が走り去るのを、ただ呆然と眺めることしかできなかった。正確には、言われた事を理解して内容を確認したとたん、全ての機能がストップしてしまったのだ。
そう、思考回路すらも。
周囲の人間は、彼女の子どもっぽいとも言えるその態度に、驚きもせず、それどころかクスクスと笑いを漏らしてまでいる。

「ごめんねぇ、あの子って好き嫌いが激しいからさ」
「あそこまではっきり言うのもめずらしいっちゃ、めずらしいけどさ。割と好みがはっきりしてるから」

友人達の態度は、彼女を庇う言葉と共に、暗に「あきらめなさい」というニュアンスを含んでいる。

「いえ、気にしていませんから・・・」

必死で作り上げた笑顔と、よくわからない返答。俺はまだ混乱しているらしい。
友人達は困ったような笑顔を浮かべている。
中心で視線に晒されたままの俺は、たぶん笑顔で立っているだろう。
だけど、胸のどこだかわからないけれど、ずっとずっと奥がギリギリと痛む。
上手く言葉が出なくて、笑顔さえ保っていられなくなりそうで、曖昧に挨拶を交わしてその場を逃げ出す。

痛くて、痛くて。

嘔吐感さえ伴いそうなその苦痛は、やがて全身へと巡っていく。

どうしてこんなに苦しいのかわからない。
彼女の拒絶の言葉だけが頭に響いて鳴り止まない。

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4.4.2006


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