突然、コンパがあるのだと誘われた。
僕を誘ってきたのは、顔は知ってはいるものの、名前はちょっと怪しいという他部署の女性陣だ。
きちっと化粧をした彼女達が徒党を組んで突進してくるのは、ちょっと恐い。
彼女達の迫力についうっかり肯定の返事をしてしまい、直後に激しく後悔する。
だけど、同じ部署の男どもの狂喜乱舞する様を見ては、撤回することも難しい。
どこがいいんだろう、なんて言葉を飲み込みながら。
おまけに、仕事は頼むな、と注意されている彼女に、うっかり仕事を頼むはめになったりもして、先ほどよりももっと激しく後悔している。
単純な計算と確認だから、大丈夫だよな、大丈夫か?なんて反芻しながら。
「なに不機嫌そうな顔してんだ?あんなに綺麗どころが揃ってるのに」
俺の耳元でわざとらしく囁いたのは、同僚の一人。
飲み会が大好きで、こういう行事には素早く鼻を効かせて参加してくる浮ついた男だ。
もっとも、学生時代からの彼女をずっと大事にし続けているため、女関係に関してはいたって潔癖だ。
たぶん、飲み会そのものが好きなタイプなんだろう。
「別に・・・」
「ほーーー、の、割には始まる前はそわそわしてたよな、お前」
「・・・・・・そんなことない」
ちゃらちゃらした外見とは異なり、頭の切れる彼は、妙にこういうところが鋭い。
ポーカーフェイスなんか気取れない自分は、動揺を悟られないようにするだけで精一杯だ。
「ま、飲め」
「飲んでるよ」
アルコールに弱いわけじゃないけれど、直ぐに顔に出るタイプなため、たぶんもう顔は真っ赤だろう。
同僚だけあって、その辺りの加減すら把握している彼は、さらにグラスにビールを注ぐ。
「そういえば、彼女残業してたけど、お前仕事頼んだ?」
「彼女って、頼んだと言うか奪っていった人間なら目の前でニコニコしながら酒飲んでるけど?」
一瞬、ビールを噴出しそうになりながらも、すぐに持ち直した彼は、やや真面目な顔をする。
「あの子に頼んだら、ためし算だけで倍以上時間がかかるぞ?おまえ馬鹿か?」
「断り切れなくて」
「全力で断れ。コピーだってまともに出来ないのに」
どうしてそんな子が同じ会社にいるのか不思議だが、所謂コネという大人の事情が見え隠れしているのだ。経費の無駄以上に会社にはなにやら恩恵があるのかもしれない。巻き込まれる周囲はたまったのものじゃないけれど。
「つーか、あの子が残業なんてするわけないだろ?違うよ。お前がずっと気にしている方」
そこまで指摘されて、ぱっと彼女の顔が頭に浮かぶ。
次に、どうして僕が気にしていることがわかったのか、という疑問が浮かぶ。
やっぱり表情に出まくっていたのか、彼がニヤリと笑う。
「わかりやすいんだよ、お前。まあ、彼女はいい子だけどな」
彼がいい子だ、という言葉を吐いた途端、ギクリとする。
こいつがライバルだとやっかいだな、と。ほとんど彼が口にした事が事実であると内心白状したようなものだけど。
「あーーー、勘違いするな。俺は恋人一筋だ。一般的に見ていい子だってこと」
勝手に勘違いして勝手に安堵している自分がいる。
彼が恋人一筋だということは、わかってはいたのに、彼女の事になると冷静さに欠いてしまう。
「でも、どうして残業???」
「うちの部署では誰も頼んでないらしいが?」
やたらと挑発めいた口調でこちらの様子を窺っている。
「あそこは今暇らしいし、残業するほどの仕事があるとは思えんがね。まあ、あの子が押し付けたのかもな」
「そんな!でも、残業するほど急ぎの仕事なわけじゃないのに」
「押し付けた人間がどういったのかはわからんからね。俺たちには」
丁寧に彩られた爪を持つ疑惑の彼女は、優雅にグラスに手を添えている。
なんとなく、こちらの会話を聞きたそうにしている彼女は、客観的にみればたぶん美人なんだろう。
「どうするわけ?」
再び意味ありげにニヤリと笑う。
からかっているのか真剣にアドバイスしているのか、よくわからない。
だけど、なんとなく酒のせいか彼に乗せられたせいなのか、千載一遇のチャンスのような気がしてきた。
「悪いけど、抜ける」
意味ありげな笑顔な彼は、当然といった顔をしている。
「上手くいっとくけど、借りは返せよ」
「友情に免じて」
「アホか、ビジネスライクにモノを言え」
軽口を叩き合っている間にも、すでに神経は残業中であろう彼女の方へと向いている。
「まあ、月曜ににたっぷり話を聞かせてもらうからな。土日は上手くつかえよ」
高みから見物、といった風な彼が、軽く片手を振ったのち、輪の中へと入っていく。
途端に、輪の中から笑い声が聞こえる。
こっちの方になど気を回す隙がない程、彼らは話に夢中らしい。
そそくさと会場を後にして、とりあえずコンビニに走る。
棚を前にして、彼女が何を好きなのかも知らないことに気がついてしまう。
わけもなく焦っている自分は、とりあえず適当に籠の中へと放り込む。
あっても腐るわけではないし、と思いながら。
真っ赤な顔で、おまけにビニール袋を抱えながら、会社までの道を走る。
酔いが急激に回っている気もしないでもないけれど、気分が高揚していくのがよくわかる。
今なら、なんでも言えそうで、なんでもできそうな気がする。
ようやく辿りついた彼女がいるはずの部屋の前で、深呼吸をする。
確かに部屋には灯りが着いていて、誰かしらが存在することには間違いが無い。
もう一度深呼吸をする。
そっと、彼女と自分を遮っている扉を開ける。
部屋の中に彼女の姿を確認して、頭の中がスパークする。
何かが変わるかもしれない。