その人の全てが欲しいと思う自分は、傲慢でどこか狂っている。そう思っていた。
だけど、どうあがいてもその欲求は決して消えることはなく、まるで自分自身を構成する要素のようにしっくりと血肉に馴染んだままだ。
胸に手を当てれば、はっきりとわかる欲望。
荒々しく波打つ血流に、まだ、気取られてはいけないのだと言い聞かせながら。
「どうしたんです?」
年の差からなのか、彼女は一向に丁寧な言葉を崩すことはない。そんなところも、実はいじらしくかわいいと思ってしまう自分は、まるで中毒患者のようだ。彼女からは離れられない、離れる気もない。
現実に口に出してしまえば、犯罪者と罵られてしまいそうな胸のうちをギリギリ踏みとどまらせる。
「いや、ちょっと。考え事」
日本語というのは便利だ。曖昧な言葉でなんとなく納得できるような言い訳を吐き出すことができる。確かに考え事だ、それはあたっている。
ただし、その考え事の中身は生々しすぎて、まだ中学生の、いや、高校生になったとしてもとてもじゃないけれど、彼女に聞かせていいものだとは思えないけれど。
「お茶にしましょうか、ね」
ふんわりと微笑んだ彼女につられ、邪な思いが一瞬にして浄化される。
コンロの前にたった彼女は、相変わらずやせっぽちで、そこが儚げな雰囲気をもたらしているとはいえ、同じ年頃の少女と比べると幼さなく感じることを禁じえない。だからこそ、俺の中の罪悪感はより一層強いものとなる。こんな小さな子供にこんなことを考えている大人がまっとうなはずはない、と。
だけど、その細い腰を抱きしめたのならどうなるだろう、なんて、思ったそばから妄想が消えない俺の罪悪感なんて、どう考えてもたかがしれている。
誕生日からこっちも、彼女との間に何かがおこるはずもなく、こうやって普通に休日を過ごしている。
できるだけ彼女と一緒にいたいと強く念じている俺は、こうやってたわいもない時間を持つことに命をかけている。休日には決して仕事を持ち込まないし、友人知人との付き合いもかなり制限している。長い付き合いの友人などは、それでも彼女が寝ている夜にでも会うことはできるけれど、そうまでして会いたくもない連中との付き合いは、自然とおろそかになる。そのことに対して口さがなく言うやつがいないでもないけれど、俺の人生にとってどうでもいいことなので、丸ごとそれらの雑音は切り捨ててまわっている。
俺の人生は全部晴香を中心に回っているのだから、それ以外はいらない。
妄執と呼ばれれば、明るく笑って「そうだ」と言ってのけられるほど、俺は彼女に執着していることにためらいをかんじていない。
かんじるのは、恐怖。
彼女がいつか俺から離れていってしまうのではないかという。こうやってしょっちゅう見張っているのも、心のどこかで、それを恐れているからなのかもしれない。そうして、そうなってしまったときに自分が犯してしまうであろう過ちを容易に想像できる自分に対して、そこまでのめりこんでしまった思いに、少しだけ怖気づく瞬間がある。
「この前頂いたお茶、すごーーーーくおいしいから、一緒に飲みたいと思って」
再び嵌ってしまった暗い思念を振り払うかのように、そう言いながら彼女は見覚えのある紅茶の缶を取り出す。
確かに、それは俺が彼女にあげたもので、と、思い出しながらも顔の筋肉が緩んでいくのがわかる。
どうして彼女はこんな風に嬉しがらせるようなことを言ってくれるのだろうかと。
まだ早い、と自制している思いが、一気に溢れ出しそうになる。
必死に、彼女はまだ中学生で、この間までランドセルを背負っていて、と呪文のように唱える。だけど、変態と罵られようとも愛しさは増すばかりで、どうしようもない。
「はい、どうぞ」
悶絶している間に差し出された紅茶の香に、高ぶった気持ちが少しだけ落ち着く。
「学校の方はどう?」
「大丈夫です、友達も…できたし」
大人の目から見れば、物静かで聞き分けの言い彼女は、かなりいい子の部類にはいるのだろう。だけど、子供の間でも同じ評価が下されるとは限らないわけで、案の定彼女は、同年代の子供達からは大人しすぎてつまらない子、悪くするとまじめぶった嫌なやつ、という風にとられてしまうことがある。
そのような評価が一度定着してしまうと、狭い子供の世界ではそれらを覆すことは難しい。
小学生の時、彼女はすましたやつだと男のガキどもにかなり痛烈にからかわれていたらしい。もっとも、そのうちの何割かは好きな子ほどいじめる、というあほな子供が混ざっていた気がしないでもないが。
幾つかの学区が集まって一つの中学へ通うことになる今回も、かなり前から俺自身がやきもきしていた。
そんな俺の心配をよそに、からかわれていた小学生時代もチラリと俺にこぼす程度はあるけれど、結局泣き言一つ言わずに彼女はいつのまにか卒業式を迎えていた。
もちろん、卒業式には保護者面してちゃっかり参加している。そのために有給休暇だってとった。それぐらいはあたりまえだ。
嬉しそうにこちらに近寄ってくる彼女と、こちらを怪訝そうに見つめるガキども。
生意気なことにあの連中は、小さくとも、ちゃんとオスだった。
オスがオスとして、見慣れない年嵩のオスを検分にきた、といった目つきだ。彼らの悔しそうで、それでも負けを自覚した表情がたまらない。
小学生相手に何をしている、といわれればそれまでだが、それでも心配の芽は早いうちに摘み取ってしまうのが望ましい。その芽が伸びて、下手に花でも咲かせられたら面倒だから。
ふんわりと笑っている彼女は、俺がこんなことを考えているなんてしらない。
きっと、中学の卒業式にだって俺は参加するだろう。まだ保護者という仮面を被ったままだろうけれど。
その爪一枚ですら、他の誰にも渡さない俺のものにしたいだなんて知られたら、きっと彼女はこうやって俺と会うことすらしてくれなくなるだろう。
まだ、気がつかれてはだめだ。
欲望も愛情も、なにもかも。
彼女の全てを手に入れるために。
1.24.2007update