51.ここだよな(規格外恋愛模様)

確かここらあたりだと、と、独り言を呟きながら去年の記憶をかき回しながら押入れの中を探る。毎年加湿器を出しているのに、こういった季節モノを片付けた場所を忘れてしまう。あたりをつけた押し入れはストーブがその出番を待っている。ストーブが入っている大きいダンボールの後ろに、ようやく目的のものがみつかった。
たいして広いとは言えない家なのに、どうしていつもこうなのだろうと思う。

「あら?もう加湿器?」
「ああ、もう湿度が40%切ってる」
「そういえばそうねぇ」

なんて娘を抱っこしながらのんきに妻が構えている。

「言ってくれれば出しておいたのに」
「ばか!そんな体のやつにこんな真似させられるか」

思わず怒鳴りつけるように言い募ってしまった俺が恐かったのか、娘がぐずりだす。
その様子に妻は俺のほうへ笑いながら、それでも慣れた風に娘をあやしていく。
ここで俺が近寄ると本格的に泣き出してしまう。いいかげん学んだが父親としてはかなりツライ。それもこれもおなかの中に娘がいた頃、妻に対してしでかしてしまった事に対する報復ではないのかと、イジケタ心で叫んでみる。
いや、もう大丈夫。今は1対2で俺のほうが少数派だけど、もう少しすれば俺の味方が現れてくれるはずだ。でも、それでもイーブンか。いや、最悪1対3の孤立無援といった可能性もあるぞ。

「何考えてるの?」
「や、早く顔が見たいなって」

大きなお腹を撫でながら妻がコロコロ笑う。長引いたつわりもやっと一段落して、今は精神面でも体調面でもすこぶる絶好調らしい。

「あなたの子どもだから、せっかちすぎて案外早くうまれるかもねー」

妻の笑い声につられ娘も笑う。先程までの機嫌の悪さはどこかえ消えていったらしい。


もうすぐ、俺たちは4人家族になる。

52.細い

 何度も同じ状況になったことがあるよね、なんて昔の事を懐かしむのは今が満たされていないからだろうか。
憧れの女性と念願のデートというやつをしたというのに、彼の顔はまるで浮かれていない。それもそのはず、あっさりその日の内にふられたからだ。しかも「ごめんなさい、これからもお友達で」なんて、間髪いれずに友人の勢いを削ぐ優等生的お返事で。

「あのな、おまえ聞いてるわけ?」
「あーー、うん。聞いてる聞いてる」

酔っ払い特有のループする話を適当に相槌をうちながらかわす。
それでも、こんな場所にこいつとノコノコやってきたのは、私がこいつのことを好きだから。
大学のただの同級生という間柄の私たちは、いつのまにか結婚したり、仕事が忙しかったりで疎遠になっていった他の同級生たちから取り残されている。といった以外の繋がりはまるでない。友人、というには軽すぎて、もちろん恋人と呼べるような関係では絶対にない。本当にただの同級生だと現すのにぴったりの関係。だからこそ、彼もこんな情けない話をする相手として認識しているのだろう。
会社関係では気まずすぎる。長年の友人には余計な心配をかけてしまう。まるで愚痴のゴミ箱のような扱い。それでも、私は彼からの呼び出しを断れないでいる。

「おまえ聞いてんの?」
「聞いてますよーーー、でその順子さんがどうしたの?」
「そうなんだよ、聞いてくれよ」

再び繰り返される会話、今の気分にこれ以上ないほどぴったり当てはまっている青色のカクテルを舐める。
たぶん、当分彼から誘われることはないのだろう。恋愛がうまくいっているときには携帯すら鳴らないし、逆に失恋からあっさり立ち直った後にも私は用なしなのだ。彼にとって私は恋人はもとより友人、会社の同僚以下の関係なのだから。
今までも、きっとこれからも、こちらから何度も電話をかけようと携帯のディスプレイに番号を表示させるものの、最後の一押しが出来ないでいる。こんな関係をなんといえばいいのだろうか。
くもの糸より細い私たちの関係は、だからただの同級生としかいいようがない。
これから先、どうしたらその関係が変わるのかわからない。
こんな関係でもそれすらなくなってしまうのが耐えられそうにもないから。

だから、私は今夜も彼の愚痴を聞く。

53.かみなり(雨夜の月)

「ひぃぃぃぃぃぃーー」

最近聞いたことがない琥珀の悲鳴が鳴り響く。
道場の鍛錬を終え、ゆっくり風呂に使っていた私は慌てて湯船から飛び出していく。

「どうした!琥珀」

無造作に濡れた体をタオルで拭いつつ、適当にTシャツを着る。家の2階からも姉さんが階段を降りてくる足音が聞こえる。

「琥珀?」

部屋の片隅には分厚い毛布の山がブルブルと振動している。まさかとは思うけど、よもや琥珀はあの中じゃあるまいな。私の考えをすぐに理解したのか、好奇心に満ち満ちた目で嬉しそうに姉が毛布をはがしにかかる。私もすぐにそれに習う。
幾枚かの毛布が蹴散らされ、剥かれるていくと、真ん中にはやはりというかどうして?というのか琥珀が顔面蒼白といった面体で現れた。

「翠さーーーーーーん」

かなり情けない声で私の腰に抱きつく。どうやら琥珀の下半身は腰が抜けた状態らしく立ち上がれないらしい。
ゲシっという鈍い音と共に琥珀が軽く宙に浮かぶ。姉に蹴られたのだとわかった頃には琥珀はお腹を押さえて、それでもまだ怯えていた。

「ねえさん、今のはひどすきないか?」
「当然でしょう、大体琥珀は翠に対して馴れ馴れしすぎるのよ!妖怪のくせに」
「いやー、まあ、人間の男ならもっと問題だと思うが」
「何言っているのよ、真と実以外だったら人間の男の方がましよ」

今少しだけ真がかわいそうだと思ってしまった。まさか琥珀以下の評価だとは。
背中で琥珀をかばうようにしながら落ち着かせる。彼は私のシャツの裾をきつく握り締めながらも震えつづけている。
部屋が一瞬明るくなり、しばらくするとどこかで雷鳴が轟いた。
その瞬間琥珀がさらに抱きついてくる。姉の琥珀を引き離そうとする蹴りをかわしつつ、琥珀を落ち着かせようと試みる。

「まさか、とは思うけど。ひょっとして琥珀は雷がキライか?」
「・・・・・・・・・はいーーーーーーー、そうなんですぅぅぅぅぅ」

情けない声を出しながら、涙を流している。

「琥珀ぐらい長く生きてても駄目なのか?」
「長短は関係ありません」

会話を交わす間にも雷の音はやまず、琥珀はますます私につよく抱きついてくる。

「まあ、仕方がない。とりあえず近くにいてやるから、もう少し落ち着け」

まさにべそをかきながらも琥珀はうんうんと頷いている。

「なっさけないわねぇ。あんたそれでも妖怪なわけ?」

姉の野次も耳へ入らない風の彼は、私が座った横でさらに毛布を被っている。

「ところで、廉は大丈夫なのか?」
「ああ、あの子なら大丈夫よ。これぐらいでビビルようなたまじゃないわよ」

豪快に笑い飛ばす姉。だがしかし、姉は完全に忘れていた。彼女の夫が琥珀並の神経の持ち主だということを。
姉が自室へ戻っていった時に最初に目に付いたのは、すやすや眠る廉と、やはり部屋の片隅で毛布を被ったまま小さくなっている夫の姿だったらしい。 その後聞こえてきた悲鳴は雷によるものなのか、人為的なものによるものなのか、それは私にもわからない。

54.羨望(Seasons)

あの場所が手に入るのなら、何をしてもいいと思った。

自然に彼の隣に座り、あたりまえのように彼の笑顔を独占する彼女は、同性の私からみてもかわいいと思う。だけど、それを素直に口に出せないのは、私が彼のことを好きだからだ。
初めて見たときには、こんなに理想通りの人間がいるわけがないと思った。絵本に出てくる王子様のようになにもかも現実離れしている気がして。けれども、すれ違う瞬間に偶然触れ合った指先の温度から、彼が現実に存在しているのだと気がつかされた。
それ以来、私の視線はいつのまにか彼の姿を探し出すようになっていた。
だから、いつでも隣にいる彼女のことはすぐに気がついた。
誰もが羨ましがる容姿、艶やかな黒髪、そして彼の隣を独占する権利。何もかもが羨ましくて、きっと視線で人が殺せるのならば、私は彼女を射殺してしまうだろう。
今日も微笑みかける彼と、それを受けて花のような笑顔を向ける彼女。
遠くから見ていることしかできない私。

「いいかげんあきらめたら?」
「・・・・・・・・・やだ」

繰り返される友人との会話も、まるで進歩がない。
私が望むのは、あの場所だけだから。
何をしてもいいから、手に入れたい。
例え他の誰かを傷つけることになっても。

55.戦い(大好き!シリーズ)

「あのね、いいかげんにしてくれる?」
「いやだね、美夏に悪い虫がつくのを防ぐのが俺の仕事だし」
「社会人がそんなに暇でいいわけ?」
「や、美夏を送った後に会社へ行くから大丈夫」
「なにもそんなにまでして来てくれなくてもいいのに」
「どうしてそんなに美夏は危機感がないの!!!」

そう言われても、痴漢にあったのはもう2週間も前の事で、しかもそのときの男は近くにいた同級生達と協力して駅員さんに差し出したしさ。そんなことぐらいで送り迎えしてもらったら、学校中の女子生徒(一部男子も?)が送ってもらわなきゃいけないじゃない。

「俺もまだ触ったことがない、美夏の太ももをさわったんだぞ!!許されるわけないじゃないか!!!」

だから、校門前で絶叫するのはやめてください。
クラスメートが遠巻きで笑いを堪えているのがわかるっちゅーに。
それでなくとも社会人の直樹兄さんがチョロチョロし始めて、質問攻めにあったんだからさ・・・。

「ともかく、兄さんの好意はよくわかったから。もう本当にいいからさ、ね」
「でも!」
「私は兄さんの体が心配なの。こんなことで無理して欲しくないの」

ちょっとだけかわいこぶってお願いのポーズをとってみる。
押して駄目なら引いて見ろっていうし、ともかく、うちの学校は車での送り迎えは建前上禁止になってるんだから、これ以上目立つ行動はして欲しくない。 私らしからぬ態度に驚いたのか、やや顔を赤く染めながら黙り込む。とどめとばかりに極上の笑顔を向ける。サービス過多か???

「わかった・・・。美夏がそこまでいうなら」

ようやく納得してくれた兄さんに安心しながら、このままでは終わらなさそうな嫌な予感がよぎる。

「だからさ、今度デートしよ。ご両親には少し夜遅くなるって許可は取るし・・・」
「遅くなるって、何する気?」

案の定、相変わらずの主張を繰り返す兄さんに安心したようなうんざりしたような。

「いや、たまにはホテルで食事なんていいかなぁ・・・、なんて」

兄さんは後ろめたいことがあると、露骨に視線が泳ぐのだ。現在も泳ぎっぱなしの彼は、もう後ろ暗さ200%。

「デート?高校生のデートなら、市営の動物園って相場が決まってるでしょう」
「いや、動物園って、それはそれで楽しいけれど」
「私が一緒に行きたいって言っているのに、不満なわけ?」

一緒に、のところに力を込めてみる。

「や、嫌なわけじゃなくって」
「じゃあ、決まり。今週の日曜日は、動物園に行きましょう」
「はぁ・・・」

嬉しそうながっかりしたような微妙な表情を形作る。

「お礼といってはなんだけど、お弁当作ってくし、ね」

にっこりと盛大に笑顔を見せる私と、つられて笑顔になる兄さん。
攻防戦は続く・・・、かもしれない。

お題配布元→小説書きさんに100のお題
3.27.2006(再録)
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