シーズン(彼の場合)



「何機嫌の悪い顔してんの?」
「いや・・・」

行けないと思っていたスキーに来ることができたというのになんだか気分が浮上しない。
なぜだろう、と思ったら彼女からメールがきていないせいだと気がつく。
俺はともかく体を動かす事が好きでボディーボード、スキー、野球にサッカーと年がら年中外で動き回っている。だから必然的に彼女と会える日は限られてくる。
そんなめったにない日はとても貴重で、思いっきり彼女と濃密な時間を過ごすようにしている。たまに会うからいつも新鮮でいられる、というのも彼女との関係が長続きしている理由かもしれない。最初のうちは彼女も俺に付き合って行動していたけれど、もともとあまり体を動かす事を好きじゃない彼女は段々と誘っても「うん」とは言わなくなっていった。最近では彼女が見に来ることはほとんどない。試合などは見に来て欲しい気持ちがあるものの、彼女が現れた瞬間の女性陣の冷え冷えとした空気には俺ですら辟易するのだから無理もない。あいつらがどうしてあんなに閉鎖的なのかわからない。男どもが注意したところで平気な顔をして嘘をつく。自分達は裏の顔がばれていない、なんて思っているらしいが、そこまで俺たちは馬鹿じゃない。ただ、彼女のような立場の人間が絡まなければ付き合いやすい連中だからそのまま放ってあるだけだ。

 会う機会は少ないけれど、いや、だからなのか彼女はマメにメールを送ってくれる。とても短い文だけど“体に気をつけて”とか“寒くない?”とか俺を気遣う言葉に溢れたそれらは、いつも画面を見ながら顔がにやつくことをやめられないぐらい嬉しいものだ。
だけど今日に限ってそのメールが一通もこない。
おかしい、と思っても仲間の手前なかなか電話をかけることもままならない。
やっと抜け出せたものの肝心の電話はちっともつながらない。どれだけ掛けなおしても電源が切られているらしく、留守番サービスにつながるだけだ。
こんなことは初めてで急に不安になる。
もっとも、こういう場所からメールはおろか電話をしたこともほとんどないから、比べ様がないのだけれど。

「なにしているの?」
「・・・いや、なんかケータイがつながらなくて」
「ふーーん、彼女?」

明日もガンガンすべる予定だからあまり大量には飲まないのだけれど、それでもほろ酔い加減になっているメンバーの一人が絡んできた。1年生の頃からいるメンバーでもう3年は一緒にスキーをやっている。

「前は来てたよね、彼女」
「あーーー、うん。まあ」

理由もなくこなくなった彼女に、当初は色々詮索をされたけれど、今はこうやってその存在を覚えていることの方が珍しい。少しだけ違和感を覚える。

「なんか、つきあいの悪い子だったよねぇ」
「悪いって、初めてあったメンバーじゃ仕方ないだろう」
「あの程度の腕前でサークルについてくるっていうのもねーー」
「うちは部活じゃないんだし色々なレベルの人がいたっていいだろう?それにお前だって最初はへたくそだっただろうが」
「サークルまで押しかけてきて、そんなに一緒にいたいのかしらって言ってたんだよね」
「俺年中外でてるからそうでもしないと一緒にいられないんすよ」

妙に棘棘しい言葉の羅列に、こちらも険を含んで応えてしまう。
本当に、こうやって彼女が絡むとメンバーの、特に女性達から含みのある言われ方をする。彼女の何が気に入らないのかわからないけれど。これは俺の彼女だけではなく、他のメンバーの彼女に対しても同じことで、仲間内で固まっては他者を排除しようとする傾向にある。それが全ての原因とは言わないけれど、あっけなく振られてしまった野郎や、サークルそのものを辞めていった連中も多い。

「つーかさ、何が気に入らないのか知らねーけど、仲間の彼女に意地悪すんのはやめてくんねーかな?」
「意地悪って、別にそんなんじゃ」
「だったらいちゃもん?」
「な!!なによそれ。私たちはただサークルの規律を正そうと!」
「てゆーかさ、規律ってなによ。これって誰が入っても出てもいい緩やかーーなサークルっしょ。それにあんたらは俺らの彼女でも母親でもねーんだから、余計な口出ししてんじゃねーよ」

酒の手伝いもあってか思いっきり本音が炸裂している。前前から苦々しくは思っていたけれど、自分が考えている以上に溜まっているものがあったらしい。
絡んできた女は、顔を真っ赤にして怒りを表している。ここまであからさまな反応をみるとかなり図星を指したらしい。ぐちゃぐちゃ言ってきたのも、当然俺が同意するものと思っていたのかもしれない、自分達の方が俺たちのことを良く知っているとでも思っていたのか、思い上がりも甚だしい。もっと早くこうやって言っていれば良かったのかもしれない、小さな不安とともに一瞬後悔とすら思える言葉が浮かんでくる。
色々な思いが混じったまま、子犬のように吠えている女から離れる。彼女以外の女の機嫌をとるほど俺は優しくはない。

もう一度ケータイをつなぐ。
再び聞こえてくるのは伝言サービスの案内。
なんとなくだけど、彼女との縁が切れかかっているようで突然不安になる。
そんなことはない、と。言い聞かせるほどその思いは増していく。
何かが手のヒラからすべり落ちていく感触。だけど、俺一人ではここから帰ることもできない。結局明後日にならないと彼女のいる街には帰りつかないのだ。


初めて待つことしかできない辛さに気がついた。
不安は、消えない。

初稿:2.21.2006(web拍手コメント)
加筆:3.3.2006/Miko Kanzaki

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