シーズン(彼女の事情2)



結局、携帯を確認することを恐れて、そのまま闇に葬り去ることにした。

「ケータイ替えたんだけど、コールしてくれない?番号これなんだけど」

何度目かわからない会話を友人と交わす。
彼女達は真新しくなった私の携帯をおもしろそうに弄くりながら、ワンコールを鳴らす。せっせと友人のナンバーを登録していく。一日の授業が終了するころには、ほとんどの番号を登録することができた。やっぱり彼の番号を除いて。


「そういえば、どうしてかえたわけ?まだ新しかったよね?」
「あーー、まあ、色々事情がありまして」

確かに、私の携帯はそれほど使い込んだものではない。しかもわざわざ番号を変えるために新規で購入するなんて、不便さを考えると効率的ではない。

「とうとう別れる決心でもしたとか?」

冗談めかして言った割には、恐ろしく核心を突いてくるやつだ。一瞬ギクリとした私の反応に、彼女がニヤリとした笑顔を浮かべる。
前前から、この友人は、私があの男との付き合いを続けることに、微かな嫌悪感を示していた。おおっぴらに私に忠告することはしなかったけれど、彼の名前が口に上るたびに、微妙な表情をしていたことには気がついていた。
それほど、私と彼の付き合い方は不自然だったということなのかもしれない。

「いい傾向」
「・・・ん」

恐ろしいほど素っ気無い会話を交わす。
それだけで分かり合えてしまうほど、私たちはお互いのことを理解しているのだ。私とあの人との関係とは比べ物にならないほどに。

「あのさ、今はそんな気分じゃないかもしれないけど・・・」
「まだ新しく男を作る気はないよ?」
「うん、それはわかっているけど。従兄がさ気に入ってるって話したことあるよね?」
「・・・・・・話は聞いたことがあるけど」

彼との付き合いが最初に煮詰まった時、彼女が従兄だという人を紹介してくれたことがある。偶然同じ大学で、当時大学3年生で、現在は修士の一年生になっているはず。彼女を通じてちょくちょく会って話したり、食事を一緒にしたことはあるが、とてもじゃないけどその時の私は、これ以上ややこしい状態に自分を置くことができなかった。恋人との事が自分サイドだけでごちゃごちゃしているのに、さらに他との関係で悩むのは嫌だった。だから、そういう感情を持つとか持たないとかいう以前の段階で、私の方にとてもその余裕がなかったのだ。
それは今でも変わらない。
やっぱり、今も余裕はない。

「だからさ、私と一緒の時だけでもいいから、付き合ってやってくれないかな?まだ諦めてないみたいだし」
「まあ、3人なら・・・」

彼女がいれば、場は持つ。それに、友人としてなら彼は非常に聞き上手の話し上手で、態度も柔和だから、一緒にいて苦痛ではない。いや、一歩進んで和んでしまう。そのままずるずると二人でいれば、私は簡単に彼に靡いてしまう。一瞬でもそんな予感がよぎったから、彼との接触をできるだけ避けてきたのかもしれない。
今はもう、接触を断つ理由すらないのだから、流されてみるのもいいかもしれない。





「おい!」

彼女の家に晩御飯を食べに行こうと大学内を歩いていたら、突然後ろから肩をつかまれた。驚いて振り返ると、年中遊びまわっている元彼氏が必死の形相で立っていた。

「何か用?」
「用って、電話通じないし」
「あら?珍しい。というか初めてじゃない?休日に電話してくるなんて」

怒鳴り倒そうか、といった勢いでやってきた彼は、出鼻をくじかれたのか少々鼻白んでいる。

「そうじゃなくてさ、どうして通じないんだよ」
「別に、話すことないんだからいいじゃない」
「や、だから、そうじゃなくって」
「携帯替えただけよ、ただ単に」

あっさりとその理由を白状した私に、安心したといった顔を見せる。

「ああ、壊れたのか?だったら番号を・・・」
「教えない」

彼の言葉に被せるようにして拒絶の言葉を吐き出す。
先ほどまでは安定していた心が、ざわざわと騒ぎ出す。だてに3年もこの人と付き合ってはいないのだ。愛情は枯れてしまったのかもしれないけれど、そこにはやはり情が残っている。

「どうして!!」

初めて私から拒否され、数秒は戸惑ったものの、すぐにそれは怒りに変わっていった。
今自分がしていることに自分自身も驚きつつ、冗談だよ、と一言言えば元の関係に戻れるのに、と甘言が頭を掠めていく。
黙ったまま、理由を言おうとしない私の右腕を掴み、乱暴に私を連れ出そうとする。しかも、全く関係のない隣にいる友人に暴言を吐きながら。
あまりな行動に、最後まで残っていた情という名の未練が吹き飛んでいく。

「やめて!!」

人通りが少ないものの、それでも数人が構内の往来を闊歩している。その人たちに聞こえるように大声を出す。
周囲を気にして、彼が手を緩めた瞬間、彼の戒めから自分の体を抜き出す。

「なんだよ!急に」

声のトーンは下がりはしたが、それでも彼は腹立たしげなままである。チラチラと学生達がこちらの方を窺うようにしている。

「あのさ、私の誕生日、知ってる?」

虚を突かれた質問に、押し黙る。

「知ってる?」

なおも同じ質問を繰り返す。彼は黙ったまま、こちらを睨んでいる。

「知ってる?って聞いてるんだけど。イエスかノーで答えられるでしょ」

地蔵のように黙ったまま固まってしまった彼に畳み掛ける。

「知らないよね、一度も祝ってもらったことないし」
「毎年毎年自己申告してたけど、覚えてないよね。同じ会話を繰り返してたから」

そう、私は彼が知らないという事を十分に知っていたからこんなことを言い募ったのだ。誕生日が近づくにつれ、私はカレンダーにマルをつけたり、わざわざ彼に誕生日だと主張したり、それでも色々と工夫をして覚えてもらおうとしたのだ。だけど、覚える気がないのか彼は毎年毎年、誕生日が過ぎ去った頃に、私の文句に対して「悪い悪い、うっかりしてた。来年からはちゃんとするから」という言葉とともにうやむやにしてきたのだ。そんなものは今思えば3回も繰り返せば沢山である。いや、一度で気がつけ自分。そんな思いがふつふつと湧きあがってきてしまう。

「私に興味ないわけでしょ?」
「そんなわけじゃ・・・」

やっと口を開いたものの、当初の勢いはどこにもなくなってしまった。

「サークルのメンバーの誕生日は覚えていられるんですもの。私ってそれ以下だったわけよね、やっぱり」

大きな体が小さく感じる。昔ならそんな彼をカワイソウだと思ったかもしれない。だけど、未練も何もかも散ってしまった今の私には、情けない男だとしか写らない。

「そのままサークルのメンバーとくっつけば?うっとうしい。他の子がかわいそうだから、一般人には手を出さないでよね、アホはアホ同士まとまっておけばいいじゃない」

言い捨てたまま、友人に視線を合わせ、そのまま彼を置き去りにする。

彼はもう私を追いかけてくる気力もないらしい。
それとも、元々私たちの関係はその程度のものだったのかもしれない。



「ごめん、嫌な思いさせた」
「んーー、最後のは聞いていて気持ちよかったけど?」

ニヤリと笑った彼女に癒される。
私も最後のセリフには、自画自賛したくなるほどの快感を覚えてしまった。
うっとうしくも積もりに積もっていた鬱屈とした感情が消え去っていく。

3年の月日がたち、私はようやく開放される。

3.9.2006/Miko Kanzaki

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