入社式の最中だと言うのに、突如不安にかられる。
私の方が先に社会人になる。
歳が上なんだから、それはわかりきったこと。
ずっと一緒だったから、一日の大半を彼無しで過ごすことに慣れないかもしれない。
―――――――――――違う、いい訳だ。
新しい世界に踏み込むのが怖いだけ。
だからがんばって一歩を踏み出す。
大丈夫。きっと彼は追いかけてきてくれるはずだから。
「どうして私がこんなところでこんなことしてんの?」
「ええ!だって理佐さん、釣りに興味ありそうだったから」
満面の笑みで答える大越さんは、暖かいコーヒーを差し出しながらのほほんと答える。
確かに言いました、おもしろそうって。
だけど、だからといって、夜明け前に起こされてさむーーーーい、埠頭に連れてこられるなんて、予想もしてなかったわよ。
「ほら、もうすぐいいものが見れますから」
彼が指差した方向はただの水平線。
海の色も空の色も交じり合って、曖昧なまま。
「明るくなったら釣りしましょうね」
少しだけ顔を見せたお日様を見つめながら、子どものようにはしゃぐ。
たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
朝日の美しさに免じて、許してあげるわよ。
青白い顔をしていたのか。
イキナリ声を掛けられた。
普段人間に興味がないのに、わざわざ私へ言いに来るから、あらぬ噂を立てられるのよ。
八つ当たり気味に元凶を睨みつける。
「そんな顔しても怖くない」
不敵な笑みを湛え目の前に立つ。
「時と場所と相手を選べ」
一言言い残して、さっさと退場する。
いいかげん、私をからかうのはやめてもらいたい。
そんなことを呟いたら、美紀が
「いや、あれって本気でしょ」
そんな恐ろしいことを返してきた。
彼の本心は知らない。
知ってしまったら引き返せなくなるから。
「私達夫婦が仲人をするっていうのはどう?」
「兄弟が仲人をする式なんて聞いたことありません」
「えええ!じゃあ、お祝いのスピーチを」
「却下です」
「そんなぁ。せっかくの千春ちゃんの晴れ舞台なんだから、張り切らないと」
「なにも姉さんが張り切らなくてもいいです」
「い・や!絶対ブーケトスはやってね、私拾うから」
「………また結婚する気ですか?」
「いいじゃない、幸せのお裾分けぐらい」
「…勘弁してください」
足りない。毎日会っているのに、それだけじゃ足りない。
「祐君何考えてるの?」
「和奈のこと」
どうしよう、たった一日一年が長くなったって、それぐらいじゃ追いつきやしない。
和奈欠乏症。
病名がつくとしたら、こんなところか。
唇も細い首筋も全てが僕を駆り立てる。
いつになったら満足するのか。
無防備に僕に体重をかけて眠り込んだ彼女を見てため息をつく。