染まらない花+α

 後は、送信ボタンを押して、と。滅多に打たないメールを苦心しながら作成して送信し様としたとき、 後ろから声がかかった。同僚の上山だ。

「なにしてんの?」

あ、なんかニヤニヤしながら近づいてきた。
慌てて送信しておいて携帯を隠す。
俺の背中に乗っかりながらニヤケ顔で話し掛けてくる。

「だーれーあーてーかーなーーー」

いやな奴に見つかったな。からかわれるのが嫌で部屋から出て打ってたのに。

「別に」

あんま効果ないよなぁ、と思いながらもそう返す。

「ええ??だって前の彼女にメールの一つも送れないの!つって振られてたじゃん、お前」

 嫌なことを思い出させるよなぁ、こいつも。何の因果か同じ大学のやつと同じ会社に入るだなんて。 学生時代の馬鹿なことが全部筒抜けて決まりが悪い。もっともその辺はお互い様だが。

思いっきり顔を顰めたのにさすがに悪いと思ったのか、話題を代えてくる。

「そうそう、今日同期の飲み会だけど、覚えてる?」
「・・・・・・・思いっきり忘れてた」
「そんなことだろうと思って、この上山様がわざわざ連れに来たのだよ、君を」

あー、忘れたままにしておいてくれれば良かったのに。同期つったらあいつも来るんだろうが。

「まあ、そんなに嫌な顔すんな。助け舟だしてやるからさ」

俺が嫌な顔をする理由もなにもかもお見通しの友人は大人ぶってそう諭す。
お互いタバコに火をつけながら休憩スペースで向き合う。

「でもさ、あいついい女じゃん」

いい女ねぇぇ。一度寝たら最後、結婚するまで離してくれなさそうな女だけどな。

「そんなにイイならやるよ」
「いや、俺の好みじゃねーし」
「俺の好みでもねーよ」

 そう、好みじゃない。俺の好みはもっとこう・・。そんなことを考えていたらフッと環の顔が浮かんだ。 真っ赤になって俯く彼女。かわいかったよなぁ。彼女とだったら結婚したいだなんてチラッとでも浮かんでしまった。
慌てて頭を振って妄想を追い払う。
最近浮かぶのは彼女の顔ばかりで、でもお互い、じゃないな俺が忙しくって逢えないでいる。 結局あの結婚式以来会っていない。せめてメールでだけでもつながっていたくて、 俺らしくもなくせっせとメールを送っている。それに対する返信に、にやけていたりするわけだが。

「ま、そんなわけだから飲み会いこうぜ」
「仕方ねーなー」

タバコを灰皿に捨てながら立ち上がる。気が進まないが酒は好きだ。とことん飲むのも悪くない。



 誰が助け舟をだすだ。信用した俺が悪いんだろうな。
大衆的な居酒屋で同期10人と酒を飲む。最初のうちこそ上山が間に入ってくれて邪魔されずに飲むことができたが。 いいかげん場も盛り上がり、酔っ払いができあがりつつある頃にはもうダメだった。
そういえばあいつは酒に飲まれるタイプだったよな、そう思った時には一人の女がしなだれかかってかかってきていた。
うざってー。そう思いつつ居酒屋の壁際に避難すると、ちゃっかりついてきやがる。
酔ったふりなのか本当に酔っているのかわからんが、どっちにしてもいい迷惑だ。

「高瀬さーーん、酔っちゃいました」

かわいく媚を売っているつもりかもしれないが、嫌悪感しかわかない。
胸元を強調しているのか俺の視線を誘うような仕草で話し掛けてくる。

「ね、このまま抜けちゃいません?」

鬱陶しさに感情が爆発しそうになるのを必死に抑え、上山を探すも、あいつは完全に酔いつぶれていた。 あいつ覚えとけよ。別なところへ怒りを分散させてみる。今、口を開いたらきつい言葉になる。

「ねぇ」

胸を押し付けつつ誘ってくる。その柔らかい感触にすらイライラを募らせる。
冷静に冷静に、と10回唱えたところでやっと声を発することができた。

「や、幹事に悪いし」

少し膨れて、それでも諦めずにベタベタしてくる。
彼女の香水の匂いなのだろうか、甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。
こんな香りじゃない。
思い浮かんだビジュアル。
なぜだか全てが正反対の環を思い起こさせる。

「彼女待たせてるから」

 冷ややかに言い切って、幹事のところへ行く。
あっけにとられた女が泣きそうな顔をしたが、そんなことは知ったことじゃない。
酔っ払いの群れを置いて、一人居酒屋を後にする。
無意識に携帯を取り出して着信を確認する。
着信メールあり。
欲しいのは環からのものだけ。そう願いつつ確認する。
“明日楽しみにしています”
短いけれど、俺を期待させるには充分な文章がディスプレイに表示された。
明日は初デート。何を着ていこうか、なんてまるで生まれて初めてのデートのように浮き足立つ。
そんな自分も悪くない。

空を見上げて明日の天気を祈る。
彼女の笑顔を思い出し、嫌なことは全て忘れることにする。
明日はきっと早起きだな。

初稿:7.31.2004
改訂:2.24.2006

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