染まらない花(後編)

 自分の気持ちを持て余したまま、幾日かが過ぎた。よく考えるとあの子と俺の接点って全くないんだよな。 遠い親戚ってだけだし・・。

「高瀬、何ため息ついてんの?」

同僚の上山が突っ込んでくる。

「いやー、べつに」

女子高生に恋慕してるなんてばれたらどれだけ笑われるか。
誤魔化しつつタバコを吸う。

参ったな。

 しばらくしたらチャンスが巡ってきた。彼女の姉の結婚式の2次会に呼ばれたのだ。 遠い親戚とはいえ、昔から付き合いがあるので、久しぶりに若い者は集まりましょうってことらしい。 本音を言えば人数あわせらしいが、彼女が出席するのは確認済みなのでサクっと出席に丸を付けてはがきを投函する。

 2ヶ月ぶりにあった彼女は、当たり前だけど、変わりなくて、相変わらずかわいい。 ただ若い女の子なのにかなり地味目な格好なのが気にかかる。 周りは華やかな色のワンピースだったりするのに彼女は濃紺のちょっとクラシカルな形のワンピースを着ていた。 それがまた彼女のビスクドール風の風貌にシックリくる。
 着席形式だけど、座席なんか決まっていないので、ちゃっかり彼女の隣をキープする。 出遅れた男どもが悔しそうな顔をするのが小気味いい。

「環ちゃん久しぶり」

軽く挨拶を交わす。うん、これぐらいには怯えなくなった。周囲が知らない人だらけなのか顔見知りの俺が来て 、ほっとしたような仕草も見受けられる。

「お久しぶりです・・・あの」

小首を傾げて訊ねてくる彼女はやっぱり愛らしい。

「この間はありがとうございました。改めてお礼を言わなくちゃいけないのに・・」

徐々に小さくなっていく声に引きずられてちょっと俯く、これでは俺がいじめてるみたいだ。

「いや、ほんとに気にしないで、たまたまだから」
「いえ、あの・・・」

 照れてきてお互い俯きあって会話が止まってしまった。
会場の前の方では司会がなにか喋っている。ゲームかなんかする気か?
周囲を見渡すと合コン状態だ。まあ、新郎新婦共に俺より一コ下の23歳なら友達も若いから、当たり前といえば当たり前かな。

「こういう雰囲気苦手?」

身の置き場がないといった感じで俯いたままの彼女に問う。

「はい・・・それよりも私、男の人が・・」

 そのまま消えてしまいそうな風情で訴えてきた。 いや、これはよほどの箱入り娘か天然記念物ものだぞ。女子高育ちで男性恐怖症とは 。確か姉の晶は快活な人間だったはず、同じ姉妹でもこうも違うとは。前の席で新郎の隣で笑顔を振り撒いている新婦と見比べる。 確かに顔は似てなくはないが、雰囲気がまるで異なる。片やすでに新郎を尻に敷いていそうな姉と、 ガラス細工のように繊細で壊れやすそうな妹。あの山猿が晶になったんなら納得するが、 どこをどうしたら生成物がこうなるんだろうか。
 人混みと不躾な視線にかなり参っている彼女に話し掛ける。

「外出る?」

一瞬驚きの色が見えたが、すぐに縋るように

「お願いします」

と返事をした。

 何も言わずに出ていくのはあれなので、同じ親戚の男に彼女の気分が悪いから外に出る、とだけ伝えて会場を後にする。
ちゃっかり彼女の手を掴んでいるのは邪な気持ちじゃないぞ、ここが所謂繁華街だからだ。 そう自分に言い聞かせないとキッチリ邪な思いにはまり込んでしまう。

「あの・・啓太さん。・・手・・」

弱弱しく抵抗する環。うーん、なんかいけないことしている気分になってくる。

「まあいいから」

 強引に連れて行く俺。外から見るとどんな風にみえるのか少々恐ろしいが、敢えて気にしないようにする。
飲むつもりはなかったので今日は車で来ている。駐車へ行き彼女を助手席へと案内する。
前より怯えている様子はないので少しだけ安心する。いや、全く心を許しているかというと、 二人の間の微妙な距離が全てを物語っている。普通こんなに警戒するか?親戚だぞ。や、下心あるから強く言えないが。
 彼女の家へ到着して、上がってお茶でも、という精一杯の彼女の意思表示をきっちり受け取って上がりこむ。 ご両親は親戚などの付き合いでまだ帰ってきていないらしい。つまり密室(?)に二人きり。俺がんばれ。

「あの紅茶でいいですか?」

 そういって紅茶を勧める。別に飲めればなんでもいいからそれに頷く。
品の良いソファーに腰をおろしながら、彼女がやってくるのを待つ。
やがて香りの良い紅茶と共に彼女が入ってきた。きれいな指でカップを持ち勧める。
その全ての仕草に釘付けになっている。

「啓太さん?」

不審な目でみつめる。

「あ、いや・・なんでもない」

大人じゃない俺って。どうしてもっとスマートに誤魔化せないかな。
しばらく会ってない親戚同士なので、共通の話題もなくぎこちなく沈黙が続いてしまう。これでは彼女に嫌な思いをさせるばかりだ。

「ねえ、ちょっと聞いていい?」
「・・・え?」

彼女の癖なのか、小首を傾げて頷く。

「男嫌いって、前から?子どもの頃はそんなことなかったような」

 ストレートに疑問をぶつけると、困った顔をして再び俯いてしまった。いや、そんな困らせるつもりじゃ。
沈黙が辺りを支配する。辛い、非常に辛い空間だ。
彼女には何かトラウマ?でもあって、それでああも男性に恐怖心を抱いているとしたら、 非常に不躾な質問だったかもしれない。だとすると今この状況も彼女にとっては非常に苦痛な状態では? なんて最初に気がついてもいいようなことを気がついてしまった。
 やっぱり俺ってだめなやつじゃん。自己嫌悪に陥っていたとき、蚊の鳴くような声でポツンと告白してきた。

「昔、啓太さんが・・・」

 オイ、そこでおしまいですか。って、俺?
昔何かしましたか?自分。自問自答するも思い当たる節はない。
今ならいざ知らず、山猿時代の彼女に手を出すとは思えないし、第一あの当時で7歳だか8歳だからな、あり得ない。
それっきり再び黙りこくってしまった環。あれでも精一杯の告白なんだろう、きっと。

「俺ヒドイことした?」
「・・・・」

沈黙で返されたが、肯定だろう、これは。

「いじめたとか?」

や、覚えはないが。
コレに対しては明確に首を横に振る。
いじめじゃなくって、ひどいこと?
うーーん、マジ覚えてねぇ。仕方がないので原因究明は諦めた、後で晶あたりに聞いてみた方が早い気がする。

「怖い?俺のこと」

まただんまりですかい。でも、否定しないとこみると怖いんだな。

「じゃ、俺のこと嫌い?」

ハッと顔を上げて首を横に振る。
そう、嫌いじゃないんだ、嫌いじゃ。ちょっと、いやかなり嬉しい。

「じゃあ、好き?」

調子いいこと言ってるな、俺。でもウッカリうんって言うかもしれないし。 って真っ赤になって俯いちゃってる。ひょっとしてひょっとしたら少しは脈アリ?

「じゃあさ、俺と付き合わない?」

へ?って鳩まめな顔をしてらっしゃる。唐突だけど、今のこの状況を利用しない手はない。

「いやね、そんなに男嫌いだと困るでしょ、将来」

うーーんって考え込んでる。これは思いっきり建前だが。

「だからね、嫌いじゃない親戚の俺あたりで練習しとくといいと思うんだ。それによくわからないけど、 原因は俺なんでしょ?だったら根本解決になるし」

練習だけで済ますつもりは毛頭ないけど。

「でね、付き合うって言ってもそんな、大仰に構えないでね、お友達からってやつ」

 いやー、口も滑らかに滑りますな、俺。全然そんなこと思ってないくせに。
考えて考えて考え込んでいる彼女。思考がフリーズしてなきゃいいけど。
言いたいことだけ言った俺はゆっくり紅茶を味わって待つ。うん、うまいな、これ。
どれぐらい沈黙が続いたかはわからないが、彼女はゆっくりと頷いた。
ということはOKってことだよな、これ。
彼女を怯えさせないようにニッコリ笑って、右手を差し出す。

「握手、仲良くしような」

躊躇しながらもなんとか握手を交わす。そんな躊躇いがちなところがまたそそる。
コレで晴れて恋人同士、というわけだ。中身はともかく。

 でも待てよ、ここまで奥手で恐怖心のある子、どうすりゃいいんだ?
手は・・握っても大丈夫、とは完全に言い切れないな。じゃあ、腕は、多分組めない。
って、あれ?当然キスなんて百万光年先じゃないか?それ以上のことなんて想像すら出来ないぞ、俺。
自分の行く先に果てしなく続く茨の道が見えた気がした。
コレが俺の長い長い恋人修行の始まり。
自業自得そんな言葉が浮かんできた。
ま、人生先は長い、気長にやりますか。
そして俺はため息をつく。

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初稿:7.6.2004
改訂:2.24.2006

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