君が誰を見ていて、誰を好きなのかは手に取るようにわかっていた。
君の好きな彼も君のことを好きなことは明白で、それに気がつかないのは本人ばかりっていう間の抜けた状況に陥っている。
でも、僕の口からそれは言えない。
自分で言ったほうがいいとか、他人が言うべきことじゃないとかそんなちっぽけな正義感なんかじゃなくって、
ただ、僕は君のことが好きだから。
だから僕は口を開かない。一時しのぎにすらならないだろうけれど。
「ねえ、好きな子いると思う?」
主語抜きでわかってしまうほど、彼女との間に出てくる名前は決まっている。そしてそれに対する僕の返事も決まっている。
「さあ」
ほんとは君のことが好きなんだよって言ってしまいたい衝動に駆られる。
そんなことをしたら、今この瞬間のように君の隣にいるという権利すら奪われてしまうから。
だから僕は口を瞑る。
「いっつも、そんなんばっかり」
何も知らない彼女は僕の返事がいつも同じだということに腹を立てているらしい。
ほっぺたを少し膨らませて怒る姿はかわいらしいとしか言いようのないものだけれども。
きっと薄く笑っていたであろう僕に対してますます彼女が怒る。
いつもこんなことの繰り返し。
あとどれくらいこうやって彼女の隣にいられるのか、最近はそんなことばかり考えている。
心の準備をしつつ、そんなに完璧にできるほど大人でない僕はいつもため息をつく。
「ほらーー、そうやってためいきついて、呆れてる。そんなに私って子供っぽい?」
今度は心配顔でこちらの顔を覗きこむ。
頼むからそんなに近づかないでくれ。
至近距離に近づいた彼女の顔を急に逸らすこともできなくて、まともに心臓に杭が打たれたみたいに痛む。
「そう思ってるんなら、少しは落ち着け」
自分の心臓に対して言っているなんていうのは皮肉な話。
たまたま家が同じ方向にあり、たまたまクラス委員なんていうめんどくさいものに選ばれてしまった二人は、
こうやって二人きりで帰る日はそう多いわけではないが、ほかのクラスメートよりは断然多い。
その程度の間柄でしかない。
彼女の家が見える。これでこの時間ももうおしまい。
彼女に気がつかれないようにためいきをつく。
今度はいつこうやって話ができるかもわからない。
「じゃあ、またね」
元気な彼女は弾けるようにして自宅へと駆けていく。
その後姿を視線で追い、もう一度ため息をつく。
屋上への呼び出しなんていうありがちなものに誘われてみるのもただ暇だったからなのか、鬱屈した思いがありすぎたせいなのか。
案の定、そこには見覚えのない女生徒が立っていた。ブラウスのタイの色から下級生なのは辛うじて判断できる程度。
「すみません、こんなところに呼び出して」
あまり悪いとは思っていない態度で切り出す女生徒は、割と神経が太いほうなのかもしれない。
「いや。別に。何のよう?」
普通にしていても、僕は冷たい印象を与えるらしい。
他は遠巻きにしているだけだし、手紙は何度かもらったことがあるけれど、でも、呼び出しというのは初めてだ。
「先輩、外山先輩のこと好きでしょ」
いきなり彼女の名前が出てきて、たじろぐ。それを表には出さなかったと思うけれど。
「相変わらずポーカーフェイスですね」
「だったら何?」
衝撃を必死になって押し込めて、平気な顔で答える。
「私、遠藤先輩のこと好きなんですよね」
彼女から良く聞く彼女の好きな人の名前が出てきて驚きとともに、納得した。
目的がわかった気がする。
「で?」
意地悪く問い返す。
たぶん呼び出した彼女は僕が彼女の目的に気がついたことはわかったはず。
こんな回りくどいやり方で彼から彼女を遠ざけようとする人間が、そこまで頭が回らないはずはない。
「で、って。わかってるでしょ?」
「わからないね、何が言いたい?」
心理的に圧迫をかけているわけではないが、勝手に追い詰められてくれる。
そうやってとっとと自分の気持ちを吐露してくれればいい。
「外山さんをちゃんとつかまえておいてっていいたいの」
彼女は僕より数倍素直らしい。想像通りの答えを吐き出す。
「どうして、それを僕に頼む」
先ほどの一言で全部承知してくれたと思っていたのか、もう一度問い返されて明らかに動揺する。
「どうしてって、あなた外山さんのこと好きなんでしょ?」
やっぱり、彼女にはわかっていたらしい。
クラスメートでも、当の本人にすら気がつかれない僕の気持ちに。
「どうしてそう思う?」
「どうしてって、見ていればわかるし・・・」
たまにしか帰らない二人を見てそんなことに気がついたのならよっぽど観察力があるのか、それとも僕と同類か。
「君は遠藤のナニ?」
きっと彼女は外山に対する僕のような存在じゃないかなと推測する。
「遠藤先輩にとっては妹みたいな存在」
自分の予想があたったことに少しだけ喜ぶ。
「で、毎日遠藤に外山のことを聞かされているわけか」
ずっとうつむいたままの彼女に駄目押しをする。
彼女に対する僕ならば、きっとそんなところだろう。
「そんなものは自分で何とかしろ」
自分に言い聞かせるように、彼女に言い放つ。
遠藤が妹のような彼女に靡いてくれれば、確かに彼女が手に入る確率は上がるかもしれない。
だけど、そんなもので手に入れた関係はそうそう長く続くものじゃない。
せいぜい次までのツナギにしかならない。イヤ、完全なる友人として慰め続ける未来のほうが予想できて笑えないだけかもしれない。
「下手な小細工はするな」
自分の姿が重なる。
だけど、小細工だろうとなんだろうと自分で行動するだけ遥かにましなのかもしれない。
こんなところでぐるぐる立ち止まっている自分に比べて。
「ねえ、今日女の子に呼び出されたって・・・・」
委員会の帰り、彼女にいきなりそう切り出される。
いつもは彼がどうしただの、どうなっただのそんな自分以外の誰かさんに対する話題だけだったから、
突然自分の話題が振られて面食らう。
だけど、次には胸の奥に暗い気持ちが芽生えてくる。
「それが?」
「それが、って・・・・。告白、とか?」
僕が告白されようが、彼女には全く関係がないというのに、それが今一番の心配事みたいな顔をして聞いてくる。
その表情がどれ程罪作りなのかを知らないくせに。
「だったら、なに?」
遠藤を手に入れるために、あんたを手に入れとけって小賢しい下級生に言われました、
なんて言えるはずもない。暗い思いがどんどん増していって心から溢れそうになる。
「や、ちょっとイヤかなって思っただけで」
引き金を引いたのは彼女。
溢れ出す思いは止まらない。
「イヤってなに?自分は好きな人がいるって喚いているのに、俺にちょっと下級生が寄ってきたからってなに?」
「いや、だからさ、杉山ってあんまり女友達いないじゃん、だからちょっと私だけ特別かなって思っててさ」
ああ、特別には違いないね。こちらは友達としてだなんてこれっぽっちもおもっちゃいないけど。
「ふーーーん。ただのお友達なんだから俺に彼女ができようがどうしようが関係ないだろ?」
「え?うそ?付き合うの?」
彼女は知らない、こんなにも君だけを欲しがっているのに。
「だったらなに?」
「なにって・・・・。なんかヤなだけ」
不貞腐れたように呟く彼女に全てを告げて逃げ出したくなる。
「彼氏も欲しくてしかも俺も友達としてキープしておきたいのかよ」
心の一部分も伝えられない自分の臆病さにイヤになる。
「いや、キープってさ、そうじゃなくってー。ただなんて言うのかな、お兄ちゃんをとられる妹の気分ってやつ?」
友達でも恋人でもなく兄。
そんなものになった覚えはなく、下級生のようにそんな立場に甘んじている気もない俺は、
これ以上このままの関係を続けていく自信はない。
だったら壊してしまえ。
今のこの関係ごと。
「そういえば、遠藤って好きな子いるって知ってる?」
突然の話題転換。だけど、彼女いとってはそちらのほうが重要事項なはずで、案の定彼女はこちらを食い入るように見詰めてくる。
「うそ?っていうか誰?」
慌てふためいて、でもしっかり名前を確かめようとする彼女に感心する。
壊してしまおう。
もう2度と戻れないように。
「おまえ」
あっけにとられた彼女を置き去りにして、自分本来のペースで歩く。
いつもは歩みの遅い彼女に合わせて帰っているから、これなら彼女は追いつけない。
もう終えよう。
彼女に合わせるのも、彼女を偽るのも。
僕の言葉を信じるのかどうかはわからない。
だけど何らかの変化はあるに違いない。
彼の隣に納まる彼女を冷静に見ていられる自信はないけれど、それでもきっと僕は笑顔で「おめでとう」
だなんて言ってのけるんだろうな。
そんな未来の自分を予想してまたため息が出る。