今日こそ勇気を出して。ベタだけど花なんか買って、一目惚れしたあの子に声をかけよう。
彼女を初めて見かけたのは、この雀が丘商店街の八百屋の前だった。
地方都市のさらに少し田舎に行った場所にあるこの町はもちろん大手のスーパーなんていうのも郊外にあるが、
こういった身近な八百屋だの魚屋だのもいまだ現役で繁盛している。
そんな商店街に買い物袋をぶら下げてほぼ毎日やってくる、らしい彼女。
なんて環境に優しいんだ、じゃなくて、その愛くるしい姿に一目惚れしてしまった。
まだ若いのに、こうやって毎日買い物してるなんてなにか事情があるのかな、とか、色々想像(妄想じゃない)をかきたてられ、
これ以上黙ったまま見つめていてもなんら進展はないので、思い切って今日声をかけることにした。
心臓がバクバクいって、緊張しまくってる俺。
それでもなんとか彼女を見つけることができ、勢い込んで彼女の前へ。
「好きです、付き合ってください」
花束を差し出して、恥ずかしいので顔なんか上げられない。
沈黙の数秒、次に聞こえてきたことは耳を疑うような言葉で。
「何あほなことやってんの、今時」
見た目と違って少し低音の声で冷静に諭されてる。
あれ?イメージと違うぞ。甘い雰囲気の彼女には甘いハニーボイスがお似合いなのに。
「花束?知らない人からそんなもんもらって嬉しいわけないでしょ」
それは俺も軽率かな、って思ったけど。そう言ってもあまりな言い分に思わず顔をあげる。
目の前には目的の彼女じゃなく、彼女より背が高いきつめの顔の少女が立ちはだかっていた。
「お前誰?」
「赤の他人のあなたにお前呼ばわりされる覚えはないわよ」
切った刀で返される感じだな、こういうの。
「後ろの彼女に用があるんだよ」
引くに引けない雰囲気っていうのかな、いつもの俺とは違って妙に強気に出てしまう。
「こっちにはないわよ」
後ろを振り返りもせずに言い切りやがった。
彼女の方はびっくりしてるのか背の高い女の後ろに隠れて、頭だけ出している状態。
「告白してるんだろうが」
「迷惑だって言ってるでしょ」
にべもないとはこのことか。
「お前に言ってるわけじゃないだろうが」
「代理人の権利として拒否します」
「や、代理人ってなんだよ」
「あら?プロ野球の契約更改でも認められてたと思ったけど?」
あくまでこばかにした態度を崩さない。
「後ろの彼女に聞いてるの」
「だから聞くまでもなく断るつってんの」
人通りもボチボチある商店街で堂々と低レベルな争いを繰り広げている。
どうしてここまで意地になってるんだろうか?目の前のこの小娘のこまっしゃくれた顔が気に入らないというかなんというか。
「百合子さん行くわよ」
「うん、でも葵ちゃん、ちょっとかわいそうじゃなくって?」
「そうやっていつも甘やかすからつけあがるんじゃない」
「だって、葵ちゃん、この人何か言いたそうにしてるし」
えっと、一番最初に告白してましたけど、それは聞こえてませんでしたかね?
気の強い小娘の友人は天然少女。あまりにマッチする組み合わせだ。
「えっと、好きです、付き合ってください」
改めて告白する。
「まあ、ありがとうございます」
ニッコリ微笑む彼女。
「はい、以上終わり。行くわよ百合子さん」
百合子さんの手を引いて帰っていってしまう。一瞬呆然としたが、すぐにでも気を取り直し彼女達を追いかける。
「待ってください、返事は?」
「なんの?」
百合子さん、なんのってそれはあまりに酷すぎます。
「問題外」
これは葵と呼ばれた小娘の言葉だ。
「付き合ってくださいって言いましたよね?」
「聞いた、だから問題外って言った」
「あんたには聞いてないって」
にらみ合うこと数秒。百合子さんが割って入ってきてくれた。
「お付き合いって、どういうことかしら?」
「へ?あの・・・彼氏とかいるんですか?」
「彼氏はいませんが・・・」
やった、彼氏がいなければまだチャンスがあるじゃん。この生意気な葵ちゃんをなんとかすれば・・・。
気分が上昇したのも束の間、その葵ちゃんが止めを刺してくれた。
「彼氏はいないけど、夫がいるじゃん、母さん」
か・あ・さ・ん?
あまりな言葉に思考停止している俺に追い討ちをかける。
「この人こう見えて人妻だから、しかもあんたの目の前にいるのが娘だから」
娘?娘って。
「まあ、葵ちゃんったらそんな見てすぐわかることを」
「すぐわかんないからナンパされてるんじゃない」
「ナンパ?ええ?この方ってナンパ男さんでしたの?」
「あー、そういうこと、そういう人は危ないから近づいちゃいけませんって、パパに言われてるでしょ?」
「そういえば、そうね。望さんが言ってたわね」
親子で漫才トークを繰り広げて、あげく母親の方は
「ごめんなさいね、葵ちゃんや望さんから怒られちゃうから」
そう言って頭を下げて立ち去っていった。
商店街にみっともなく立ち尽くす振られ男。
ただ振られるよりショック大きくねーか?
八百屋のおじさんがりんごを差し出しながら、哀れみの言葉をかけてくれた。もちろん顔は笑いを堪えながらだけど。
「有名な親子なんだよあれは」
おじさんの好意であるりんごを受け取りながらため息をつく。
人生何度目かの失恋でこんな経験するなんて。
とぼとぼと帰る俺に失笑の視線が突き刺さる。
後日ランドセルを背負った葵ちゃんに遭遇する。
こいつ小学生だったんかい。
しかも
「小学生相手に互角だなんて、語学力がなさすぎじゃなくって?」
なんて嫌味までかまされる。
完全敗北、その4文字が頭に浮かぶ。
一生懸命勉強しようそう誓ったある日の出来事だった。