やっぱり、大嫌い!

Information/11.7.2005(改稿10.27.2011)

 元はといえば母さんが悪い。現在一人暮らしの直樹兄さんにお裾分けを持っていきなさいだなんて、日曜の朝から愛娘をお使いにやったりするから。
ぶつぶついいながらも、学生には眩しい必殺のお小遣いをエサにされたら、言う事を聞かないわけにはいかない。だから煮物だとか保存食だとかをガンガン詰めた紙袋を抱えてこんなところまでやってきたというのに。

「どちらさま?」

いつものように兄さんの家に断りもなく上がりこむ。そういえばいつのまに合鍵なんて持たされたんだろう、なんて思った以上に兄さんに飼いならされている我が身を恐ろしく思ったり。
で、そんな状態でたどり着いた兄さんの家のリビングでは、見たこともない女性が私の目の前で嫣然と微笑みながら先程の言葉をのたまってらっしゃる。
台所では彼女が作ったのだろう朝食が並べられている。ガス台の上にある鍋の中身はたぶんお味噌汁かなにかだろう。出汁の匂いと味噌の匂いが朝食を食べたはずの私のおなかも刺激する。

「えっと・・・・・・」

年のころは兄さんと同じぐらいかそれよりも上ぐらいだろうか、ピシッとスーツを着込みお化粧なんかもばっちり作りこんでいる女性がソファーに座って足を組んでいたりする。
そこは確か兄さんが私にオイタした場所だったような、なんて現実逃避してしまう。
完璧に装飾を施した相手に、リップぐらい塗ってくれば良かっただなんて、すっぴんの顔を撫でながら思ったりもする。
ともかく、アタリマエのような顔をして座っていらっしゃる女性はたぶん直樹兄さんと縁のある人なんだろう。小娘ながらも持ち合わせた根性で最大限の笑顔を作り上げる。

「直樹兄さんの姪なんですけど、これ母からお裾分けです」

ソファーの前のテーブルに紙袋を置く。
彼女は私が兄さんとは血縁関係にあるとわかった瞬間、やや緊張していた表情を和らげ安心した顔でにっこりと微笑んだ。
やっぱりどんなに相手が子どもでも周囲に女性がうろつくのは嫌なものらしい。

「お邪魔みたいですので、これで失礼しますね。えっと、兄さんによろしくお伝えください」

精一杯笑って彼女にそれだけを言い残し、複雑な思いで兄さん家から出て行く。
ものすごくもやもやするのはなぜだろう。
兄さんは私のことを好きだと言った。
私は妹のままでいたいと思った。
だから、兄さんが女を何人連れ込もうが関係ないはずなのに、胸の中がざわつくのはなぜなんだろうか。
兄さんの一番が私じゃなくなるのがイヤ?でも、そんなのは私のわがまままだ。妹のままで男の部分の兄さんも独り占めしようとするなんて。
手ぶらになった帰り道、あれこれ考えこんだりもしたけれど、元々あまり深くは考えない性格だからか心なし頭まで痛くなってきた。このままだと知恵熱が出そうだ。
これはやっぱり元凶から断たないと駄目だよね、ということであっさりと直樹兄さんの電話番号を着信拒否にしてみた。念のためメールの方も。手早く携帯を操作して無造作にポケットの中に突っ込む。
たぶん、これでいい。兄さんとの関係を見つめなおすためだとかなんとか言い訳をしながら、家へ帰り着く頃には、いつもの自分に戻ったつもりでいた。





「美夏最近おかしくない?」
「・・・・・・おかしいってナニガ?」
「だって、ケータイのディスプレイ見ながらぼーっとしてるし」
「授業中ぼけっとしてるのはいつものことだけど、こうやってご飯食べてる時までボケてるなんてありえなくない?」

そう言われればと、ぼんやりと食べていたせいかポトポトと食べ物を落としている私の机の上を見る。
これは思った以上におかしな状態であるかもしれない、なんてのんきに思ったりする。

「うーん、何か調子がでないんだよね・・・・・・。なんでだろう?」
「そんなの知らないっちゅーに」
「最近変わったことでもあったの?」

正反対の言葉を口にする友人二人を交互に見つめる。

「変わったことと言われてもなぁ」

それはわかっている、直樹兄さんからの接触を自ら断ったことだ。
社会人である兄さんは元々直接会う機会は少ない。その分えらくマメにメールを送ってきてくれたりしていたが、それらを一切拒否しているのだ。
だからといって、それが私の不調の原因だとは考えたくない。
だって、なんかさ、負けを認めたみたいでイヤじゃない?
そんなことを考えていたらまたもやボケっとしていたらしく、友達が溜息をつく。

「あーはいはい、何か心あたりがあるわけね。どっちでもいいけど食べるか考えるかにした方がいいよ?」

彼女が指差す方向はコップの中にダイビングしたらしい卵焼きの情けない姿が。
慌てて取り出すものの、それを口にする勇気はちょっとない。

「原因は根本から取り除いた方がいいよーー」

なんて言われながら残りのお弁当を口に運ぶ。
もやもやがいっぱいで大好きなおかずの味もよくわからなかった。
私は兄さんのことを嫌いじゃない。もちろんそれが兄さんの望むような感情じゃないかも、だけど、それでもこのままにしていいほど小さな気持ちじゃないはず。





と、言うわけで、本日も私やってまいりました。
日曜日の朝こっそりと兄さんの家へと忍び込む。
カーテンが閉じたままの今はこの前とは違い薄暗い。
当然火の気のない台所はあれ以来誰にも使用された様子がない。
このところ忙しかったのだろうか、シャツが乱雑にじゅうたんの上に転がっていたり、ゴミがゴミ箱からあふれ出たりしている。
簡単にそこらあたりを片付けながらそっと寝室のドアを開ける。
ベッドの上には、もう肌寒いというのに短パンTシャツのまま毛布すら被らずに奇妙な格好で眠っている直樹兄さんがいた。
寝返りをうつたびギシっという音が聞こえる。
壁側に毛布を抱えながら眠りこけている兄さんの横へと腰を下ろす。
そっと頬に触れてみるとあの時のように無精ひげが生えている。
どうしてあんなに驚いたのか今はわからないけれど、どうやらこんなだらしのない格好にも慣れたらしい。
睫毛以外と長いかもなんて調子に乗って覗き込んでいたら、薄っすらと目の開いた兄さんとばっちり視線がお見合いしてしまった。

「・・・・・・み、か???」

まだ思考がぼんやりしているのか半信半疑といった顔をしてこちらを見上げる兄さん。

「正解」

ちょっとこの体制はまずいのかもしれない、なんて今更ながらに考え直した私は、せめてベッドから腰を下ろそうと立ち上がりかける。

「兄さん話があるんだけど・・・・・・」

とベッドから離れようとした私に兄さんが飛びついてきた。

「美夏!」

腰に両腕を回されて、そのままストンと再びベッドに腰掛ける羽目となる。
兄さんは涙声で私の名前を呼んでいるし。とりあえず話をしにきたはずなのに、いったいこれはどういうことだろうと、首を精一杯捻りなんとか兄さんの顔を覗き込もうと後ろに顔を向ける。
私の感触だとかそういったものを確かめるかのようにさわさわと両手を動かしている。その手の感触がくすぐったくて、でも声は情けないままだし、なんてなされるがままにしていたら兄さんの掌が胸のあたりでぴたりと停止する。おもむろに私の胸を触りまくろうとした瞬間、とりあえず肘鉄を喰らわす。

「調子にのらない」

ぐえっとカエルの潰れたような声をあげ、兄さんがベッドと仲良く口付けを交わす。

「とりあえず、居間で話し合いましょう」

ダメージを受けたままの兄さんを放っておいて、さっさとリビングへと避難する。ついでに妹のよしみでコーヒーなどを入れてやろうと台所へと入り込む。
ガリガリと豆を挽いていたら、情けない顔の兄さんがやってきた。

「おはよう」
「おはよう・・・・・・」

兄さんの分のコーヒーを入れ、お気に入りのマグカップに注いでやる。
二つのカップから伝わる香りが鼻腔をくすぐる。

「美夏、どうして」
「どうしてって何が?」

心なし頬がやつれワイルド感が増した兄さんが非難の声をあげる。

「電話しようにも拒否されるし、メールは届かないし」
「あ、うん、着信拒否してたから」
「そんなあっさり、って、どうして?」
「や、どうしてっていうか・・・・・・」

言葉にして説明するのは難しくて、ここまできたのに言葉を濁してしまう。

「おまけに先週は死ぬほど忙しくて美夏のところにも行けなかったし」
「いやー、来ても門前払いだったから、こなくて正解かと」
「っていうか、どうして急にそんなことをするの?美夏の声が聞けなくてどれだけ俺がつらい思いをしたのかわかってんの?」

どう説明をしていいのかわからなくなった私は、とりあえずたぶんきっかけであった出来事を話してみることにした。

「先週さ、女の人いたでしょ、ここに」
「女の人???」
「うん、そう。直樹兄さんと同じとしぐらいでさ、びしっとスーツきた厚化粧の女の人」

別に本当な厚化粧でもなんでもないけどさ、なんかちょっと意地悪く言ってみたくなった、どうしてなんだろう。

「先週って・・・・・・って、あれ?美夏先週ここにきたの?」
「来た、っていうか日曜日の朝だけどさ、母さんに頼まれて救援物資を運びに」
「日曜日の朝って」
「まあ、兄さんはいなかったというか寝てたのかな?だけど女の人が朝ごはん作ってたりしたから、あ、恋人かなーーと思って、邪魔したらアレだからそのまま帰ったんだけど」
「恋人って!」

さーっと見る見る青ざめていく兄さんは口をパクパクさせている。
そんな兄さんの変化がおもしろくてなんだかちょっとずつ滅入っていた気分が向上していく。

「あれは、ただの会社の先輩だからさ」
「先輩があんな時間に朝食作ってるわけ?兄さんの部屋で」
「それは、前日ここで2次会して飲んでて、会社の連中と。で、先に俺が酔いつぶれたのを見て、からかっただけなんだ、同期の連中が」
「あれ?というか美夏は彼女のせいで一週間も口を聞いてくれなかったわけ?」

徐々に自分のペースを取り戻していく兄さんをよそに、これはやぶへびだったかもしれない、なんて思い始めた私がいる。
ひょっとして悪魔の巣に自ら飛び込んだのは間違った選択だったのでしょうか?
そんな後悔の言葉がよぎる中、兄さんがニヤリと笑った気がした。

「ごめん、美夏。あれは会社の先輩で、同期の連中がおもしろがってオレの部屋に置いていったらしい、オレに気があるのは知ってたけどまさかそのまま朝まで居残るなんて思わなくてさ。もちろん気がついた後すぐに追い出したからさ!!」
「そ、そうなんだ・・・・・・そっかそっかうーーん、了解、わかったからもう帰るね」

逃げ腰になりながらそそくさと帰ろうとする、なんだか風向きがあやしい。
もちろん私のやりそうな事などお見通しだったらしく、きっちり手首をつかまれあっという間に兄さんの腕の中にホールドされてしまう。

「ごめん、美夏。彼女とはほんとにほんとに何もないからさ」
「や、別に何かあろうろも、妹の私には関係がないし」
「いやー、美夏ってばそんなに怒るほどやきもちやいてくれるなんて」

今どさくさにおでこにちゅーしませんでしたか?

「でも、嬉しいよ、美夏がこれほど俺のことを好きでいてくれるなんて」

今度はほっぺにちゅーですか、しかもなんだか手つきがいやらしいし。

「もうこんなことは絶対にしないからさ、機嫌直して?」
「機嫌が悪かったわけでは」
「俺のためにヤキモチを妬いてくれてありがとう」

つーかどさくさに唇を掠めるなってこのやろう。

「美夏の気持ちはわかったから、ね」

ね、と可愛く言いながらソファーに押し倒さないで下さい。

「そういうことで」

流れるような動作であっという間に組み敷かれ、ジーンズのファスナーに手が掛かる。
兄さんの顔がドンドン近づいてきてキスされると思った瞬間、躊躇わずに膝をストレッチの要領で上へ引き上げる。
大人しくされるがままになっていた私に油断していたのか、兄さんの例のところにクリーンヒットしたらしい。
声も出せないらしく丸まって蹲る兄さんを尻目に、さっさと、今度は本当に帰り支度をする。

「まーー、そういうことで拒否は解いてあげるから、お大事にね、兄さん」

ふるふると震える手でこちらへと手を伸ばしている兄さんは、まだ立てないらしい。

「やっぱり、大嫌い!」

と、軽快に言い残し兄さんの部屋から退散する。



いつのまにか胸のもやもやはなくなり、すっきりとした自分がいる。
それは、あの女の人が兄さんと関係がないとわかったからなのか、思いっきり兄さんに膝蹴りが決まったからなのかわからないけれど。