自覚ある未来(恋シリーズ)


「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」

その年の一番最初に聞く声が、響さんのものだという幸せを噛み締める。
彼は今、実家に帰省している。お盆にも忙しさを理由に顔を出さなかった彼は、正月ぐらいは、と、大晦日から遊びにいっているはず。もっとも二日にはこちらに戻ってくるみたいなんだけど。

「なんか、緊張しちゃいますね」
「いつも通りでいいですよ、千春さん」

除夜の鐘が終わり、日付けが変ったら電話をしようって約束をして、今こうして携帯で話をしているのが夢みたいに思える。
響さんはもちろん忙しいから、こうやって電話で話すことも少なくはない。平日のほとんどはメールで終わってしまうけど、それでもたまにはこういう風に会話をかわすこともあったりする。だけど、こうして待ち合わせのようにして電話をするっていうのははじめてで、今さらながらにちょっと緊張してしまう。

「初詣ではどうします?」
「うーーん、響さんさえ嫌じゃなかったら、一緒にいきたいかも」
「もちろん、こちらは嬉しいですけど、お父さんも一緒に行きたがりませんか?」
「大丈夫、夫婦水入らずで行きたいはずだから」

本当は一緒に行く!ってだだこねていたけど、あっという間にお母さんに却下されてたんだよね。響さんとおつきあいしてダイブたつのに、微妙に諦めていないのがなんというか、父親心っていうやつなのだろうか。

「えっと、それで外泊許可もとったのだけど・・・」

もう何度も何度も彼の家に泊まっているのに、こちらから言い出すときはやっぱりどきどきする。でも、今思えば私って結構大胆なことをしているのかもしれないって、過去の自分の行動を思い出して思わず穴を掘って潜り込みたくなる。

「嬉しいです、じゃあ、お土産になにか美味しいもの買っていきますから、一緒に鍋でも食べませんか?」
「鍋!!うん!私鍋大好きー」
「私も好きなんですけど、一人暮らしだと中々出来なくて」
「ひとり鍋はやっぱりさみしいかな」
「寂しいというか、侘びしいですよね。男の一人暮らしで」

響さんならなんでも似合ってしまいそうだけど、そういうのはやはり嫌なのかな。

「来年は、就職ですよね」
「あーーー、うん」

いきなり現実っぽいお話だけど、今の私には結構切実な話題。就職率はあがったとはいえ、やはり何のとりえもない文系の私には、今だにハードルが高いことには間違いない。11月頃から大学が用意してくれたガイダンスにはせっせと顔を出してはいるけれど、それでも見通しが明るいということはなくって。

「千春さんはどういう仕事がいいのですか?」
「えっと・・・」

大学院どころかその先の博士課程までいって、しかも大学に残って研究しているという響さんにはとても言えないのだけれど、今は就職できればどこでもいいや、なんて半ば思っていたりもする。せめて自立できるだけのお金を稼ぐことができたなら、っていうのが最終目標。

「女子大の文系の就職事情というのにはまるで詳しくないので、何の役にもたてませんが」
「ううん、相談したいことがあれば、相談に乗ってもらう・・・・・・・・・かも」
「正直自分自身も就職活動をしたことがないので、ピンとこないんですけどね」

あたりまえだけど、響さんとの違いをまざまざと見せつけられた気がする。うーん、やっぱり思考がネガティブになっている。

「話しは幾らでも聞きますから、溜め込み過ぎないようにしてください、お願いですから」
「あ・・・・・・・・・、えーーーと、はい」

何もかもお見通しといった風に響さんがサラリとそんなことを行ってのける。

「私と結婚する、という手もありますよ、千春さん」

突然冗談なのか真剣なのかわからない響さんの言葉にドキドキする。

「あの」
「いえ、冗談、ではなくて。大学を卒業したら、という約束ですから、卒業してすぐでも大丈夫ですし」
「でも、あの。それだと私世間知らずのままになっちゃうから」

今、私が置かれている環境はずいぶんと暖かい人たちに囲まれて、ぬるま湯でぽかぽかしている状態だ。だからこそ、せめて最低限の社会経験を積んでおきたい、と思うのはわがままなのだろうか。

「結婚してからでも、就職できますよ」
「それは、そうだけど」

それだとたぶん私は甘えてしまう。この優しい人にどこまでも。

「現実問題として、私がいつまでも今の大学にいるわけではありませんし」
「そう、なの?」

大学のシステムがどうなっているかわからない私は、冷や水を浴びせられたような気分になる。なんとなく、そのままずっとその大学にいて出世していくのだとばかり思っていたから。

「最近は移動が激しいですから、特に自分のいる分野はですが。友人など岡山、愛知、埼玉、福岡、神奈川と、五年の間に移動しましたからねぇ」
「そんなに?」
「これは極端な例ですが、私も卒業した大学と今いる大学は異なりますし」
「そういえば、そうでしたよね」
「ええ、だから2-3年の内に移動というのは十分あり得る話です」
「移動、ですか」
「その時には必ず千春さんにはついてきてもらいたい、ですから」

将来的には響さんと結婚したい、そんな憧れのような遠い先の夢の様に思っていた出来事が現実味を帯びてくる。

「まだ学生の千春さんには突然かもしれませんが」

自覚をしていたようで、まだまだまるで覚悟が足りていないことに気がつかされる。
随分年上の、しかもこのような職業に就いている響さんとおつきあいする上で考えていたことなのに、いざ目の前で決断を迫られると躊躇してしまう。響さんのことが好きなのは確かなことなのに、それだけじゃダメな部分が多すぎて少しだけ心がついていけない。

「まだ、時間はありますから。千春さんを焦らせるつもりはなかったのですが」
「ごめんなさい、突然のことで。わかっていた、ことなのに」

両親の前で結婚を前提に、とわざわざ宣言してくれたのは響さん。その言葉の重みに気がついているようで、気がついていなかったなんて、思わず泣きそうになる。

「あの、すみません。本当にこんなことを」
「ううん」

急に口数が少なくなった私を慮ってくれる。

「正直なところ、もう待てる自信が、ないのです」
「待てるって・・・」
「千春さんのいない生活に耐えられそうもない」
「・・・響さん」
「これが本音です。年上の私が我慢しなくてはいけないのでしょうけど、すみません」

響さんの言葉に照れるような、色々な思いが交差していく。

「ともかく、明日には会えます」
「は、はい。えっと、楽しみです」
「はい、お土産を楽しみにしていて下さいね」

通話を終了した後も、響さんの言葉がくるくる頭の中をまわっていく。
今年一年はまた、色々ありそうな予感がする。
だからせめて今日は幸せな夢をみよう。

12.13.2005
line by Pearl Box
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