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 高校入学から数ヶ月、鬱陶しい日々を乗り越えて、というよりもいつのまにか過ぎていって、とりあえず現在は快適とまではいかないけれど普通の日々を送っている。
わたしの何が気に入らないのかわからないけど、入学早々とある女子生徒に嫌われてしまった。
うちの学校は成績順でクラス分けをされたり、上位成績者をばばんと張り出したりするような超進学校だ。だから、ある程度の位置にいれば、成績なんて漏れまくりで、密かに誰が何位をとるかで賭けをしていたりいなかったり。あまり他のニンゲンにはそう言う意味で興味のないわたしですら、ジブンの前後によくいる名前ぐらいは覚えてしまうぐらいだ。
つまるところわたしも今のところ成績上位者ということなのだけど、そのことを気に入らないその女の子はことあるごとにきっちりわたしにつっかかってくれる。
元々、男子校が始まりで、共学になった今でも男子学生が圧倒的に多いうちの高校では、普通に上位成績者に占める割合に男子が多い。それだけじゃなく、男女比よりもかなり偏って、男子の方が成績がいいのが伝統、らしい。その伝統をぶちやぶってわたしがあのあたりの位置にいるのは異例のことで、それだけでも目だってしまうのは仕方のないことで、でもだからといってそれを理由にいじめられるのは激しく納得がいかない。
ことあるごとにちょっかいをだされ、堪えなかったら無視されて、さすがに何かを隠すっていう子どもじみたいたずらはないけれど、ジブンにあからさまに悪意のある人間がいるっていうのは、結構ストレスになるって気がついてしまった。
おまけに、その女子がある程度まとまったグループをつくっているものだから、そういうものに敏感な女子連中はあっさりそっちになびくし、寮で相部屋の子も微妙にわたしを避けるしで、ちょっと、いや、ダイブ鬱陶しい。
結局、夏休みに入る頃までにわたしにできたトモダチは、黒ブチめがねで典型的ながり勉タイプに見えるけれども、中身はオタクでどうしようもないほどだらしがない鈴木君と、元の顔がわからないぐらい目の周りを塗ったくって、いつもどこでも金に近い茶髪が微動だにしないほど決まっている高橋さんだけだった。

「うっとうしい」
「成績発表されたばかりだしぃ」

語尾を伸ばすこの話し方はなんとかしてほしいけれど、言ってる中身は結構辛らつな高橋さんは、意外というか結構成績がいい。

「そんなことより、もうすぐ発売のDVDをいかにして手に入れるかのほうが重要だ」

相変わらずジブンの趣味以外のことにはあまり興味のない鈴木君は、いつもいつでもオタク道のために金の算段をしている。ちなみに成績は地を這っているなんてものじゃない。
夏休み前のテストの結果発表があったばかりの教室は、なんとなく休み前の浮き足立った感じと、成績と言う現実でなんともいえない雰囲気におちいっている。わたしはといえば、定位置にどしんと根を下ろして上にも下にもいっていない。この学校にきて唯一よかったことは上には上がいるってことを知ったことかもしれない。

「悔しいなら勉強すればいいのにぃ、ね」

ハートが飛び交いそうな笑顔で言われ、こちらをチラチラと窺っている例の集団のコメカミに青筋がたったのがわかる。
確かに、高橋の言う通りではあるけれど、それをあえて口にだして挑発をする勇気はない。面倒くさいから。
さすがに飽きてきたのかあからさまなイヤガラセはないものの、こうやって大なり小なりテスト結果が発表されるたびにじっとりした目で見られるだけでもかなりうっとうしい。そんなことをしてどうなるのかわからないけれど、とにもかくにもわたし、や高橋のようなタイプが自分たちの上にいることが許せないらしい。とりあえずかまわなければ実害がないので、放置してはあるけれど、やっぱりダイブ鬱陶しい。
一度だけ、彼女と直接やりあったことがあったけれど、あれはいたく彼女を傷つけてさらに嫌われる原因になってしまったらしい。
そもそも、わたしのことをブスのくせに、といったからいけないので、ジブンの事を美人だとのたまう彼女に、本当の美人っていうのはこういうのだよって、姉さんの写真を見せたことが止めを刺したのだ、と、鈴木と高橋には言われたけれど、わざとやったのだから仕方がない。わたしだっていつまでもニコニコしていられるほど能天気でもバカでもないのだから。アレ以来直接会話を交わすこともなくなってしまったけれど、姉さんの容姿と、わたしの成績のダブルパンチで、今でもきっぱり嫌われたままだ。
さすがに、最初の頃よりグループで固く結束、ということはなく、ちらほら話をする子たちもできてきて、夏休み明けにはまともになっていればいいな、と、ちょっと、いや切実に思ったりする。

「そういえば夏休みどうするの」
「塾」
「塾?一年生なのにぃ?」

コクリとうなずく。隣で鈴木は熱心に番組表を見入っている。どれだけ見ても番組が変更になるわけはないのに、良くわからないやつだ。 夏期講座というものにやたらめったら登録してみたわたしは、それだけでも夏休みは充分過ごせてしまう。残りは地元のトモダチと遊んだり、遊んだり、遊んだり。で、結局家族と過ごす時間なんてまったくないようにしてみた。
いくらわたしが時間を空けたって、父さんも母さんも家にいるわけでもなく、どこか家族で遊びにいく、なんて記憶はじーちゃんの家へ行くことぐらいしかなかったりする。それでも毎年少しは楽しみにして待っていたのだけれど、口約束ばかりで裏切られつづける夏休みはいいかげん卒業したい。
唯一姉さんのことは心配だけれど、この前あった家庭教師の先生がかなりいい人っぽくて、穏やかに笑っていた姉さんをみて、ものすごく安心した。
男の家庭教師ときいて、どこかで嫌な予感はしていたけれど、実際あってみたら人畜無害を絵に描いたようなぼけっとした男の人で、今まで父さんが紹介した中では一番まともそうだった。
父さんも母さんも相変わらずで、どこかでもう少しかまってほしい、という気持ちと、諦めている気持ちがざわざわしている。
何一つ変えられなくて、ジブンもちっとも成長しなくて、足掻いて喚いて、苦しくて嬉しくて。
情ないけどそれでもやっぱりわたしはとうさんとかあさんが大好きで大嫌いなまま。

もうすぐまた蝉が煩く鳴き始める季節がやってくる。


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5.25.2007(完結)

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