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ずっと口に出せないでいた。
心のどこかではわかっていた事実。
私は先生のことが好きだ。
たとえそれが錯覚だとしても、今胸に抱いている感情は本物だ。じゃなければ、こんなにも痛くなったりはしない。
大好きな人とは触れ合いたい、そんなあたりまえのことにも抵抗感があったはずなのに、先生とならこんなにも自然に触れ合える。
この人の思いが同情でも哀れみでも、そんなものはどうでもいい。
ただ、私が先生を好きなのだから。
「えっと、ごめん。まじでやばい」
突然引き離される。
去っていった体温が寂しくて、追いかけそうになる。
だけど、何かを堪えたような先生の様子に、そういえばやっぱり先生も男の人だったのだと、そんな風に思えて思わず笑ってしまいそうになる。
「別にいいのに」
何気ない風を装って発した言葉は、実はかなり勇気がいるものだった。
この人に拒否反応を示してしまって、傷付けたらどうしよう、だとか、期待させておいてダメだったらどうしよう、だとか。
だけど、そんな躊躇いより遥かに強く、先生に触れられたいと願ったから。
私のそんな思いを知っているのか、先生の方は俯いたまま黙りこくってしまう。
そのうち搾り出した言葉はこの人らしいものだった。
「ごめん、その…、進みたいのはやまやまだけど、今はダメだ、やっぱり」
「ダメって」
「あ、その、過去がどうとか、そういうんじゃなくって、その…。やっぱり高校を卒業してからじゃないとダメだと思うんだ。千津さんは未成年だし」
「卒業しても未成年だけど?」
「や、あの。それは俺も無理っていうか、無理だから」
私の少し意地の悪い質問にもあくまで誠実に答える姿に笑顔が零れる。
「じゃあ、これぐらい」
そう言って、先生の肩に頭を乗せてみる。
一瞬ビクリとなったのちに、先生は深呼吸をする。
「これぐらいなら、なんとか」
ようやくいつもの先生の雰囲気に戻ってきてくれた。
「で、こんなときになんだけど、やっぱり進学しない?」
「……ほんとうになんですが。どうして拘るんです?そんなに」
「千津さんには色々な世界を知ってもらいたいから、かな」
「色々な世界、ですか」
「そう、だから専門学校とか大学でもなんでもいいけど、同じ地域から通うことが多い高校から色々な人が来るところへ進んで欲しいんだ」
「そんなに違います?高校と上の学校って」
「それは違うさ。高校もある種中学とは違うけど、それ以上だよ。それに大体、九州出身の俺が千津さんと知り合えたのだって、俺がこっちに来たからだろ?そのままだったら出会うはずもない距離なんだから」
「それは、そうですけど」
「だろ?勉強だけがメリットじゃないってこと」
「実感湧きませんけど、一応考慮しておきます」
「ばんばん考慮してください」
色気も何もない会話で終了した授業は、やたらとご機嫌な先生との食事で終了する。
いつも良く食べると思っていた先生が、本日は本当によく食べてくれた。
食事の終わり間際に乱入してきた兄が、私と先生の様子を訝しんでいたけれど、曖昧に笑って誤魔化した。
だけど、きっと露見するとすれば、この兄からなのだろうと漠然とそんなことを考えていた。
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