21
事実は想像よりもずっと悲惨なものだった。
傷付いてぼろぼろになって、縋った相手により傷つけられる。
痴情の縺れだと一刀両断にするのは簡単だけれど、最後の最後で信用していた人間に裏切られた彼女の気持ちを思えば、無理やり身体を奪うことと同じぐらい残酷だとも思える。まして彼女の年を考えればだ。
より深いところを抉られた彼女の傷は、きっと今もまだ癒えていない。
「それ以来会っていなかったんだけど…」
俺というきっかけで再び二人は出会ってしまった。最悪の結果をもたらして。
「ごめん」
「先生のせいじゃ、ないから」
どこか年より大人びた笑みを浮かべる。
そんな表情をさせてしまう周囲の環境に八つ当たりしそうになる。
本来ならば、彼女も彼女の妹さんと同じように子供らしく笑っていられる年齢だというのに。
「きっと私が悪いんです」
「千津さんは何も悪くない」
静かに頭を振り、やんわりと否定をする。
「私が何かを狂わせるのかもしれない」
確かに、結果だけみれば彼女に関わった人間は全て豹変とも言える変化を遂げている。
後輩としてしか彼らを知らないけれども、とてもじゃないけど年端の行かない女性を襲うような人間には思えない。
だからといって、彼女が悪いわけじゃない。
「千津さんが悪いわけじゃない。あいつらが悪いんだから」
「でも…」
「俺は?」
「先生?」
「そう、俺は?俺は変わらない。あいつらのようには」
中に渦巻いている欲望にも似た欲求を押し込め、聖人君子のような顔をする。
彼女が欲しい。
口に出せば、きっと止まらない。
彼女をこれ以上傷つけるわけにはいかない。
「先生はいい人だから」
「違う!俺はいい人なんかじゃない」
彼女にとって俺は男ではないのだと、はっきりと言われているようで、こんな時なのに否定したくなる。
悲しそうな顔をした彼女を見て、我に返る。
「ごめん、そうじゃなくて。俺は普通、これが普通なの!」
誤魔化すように言い切る。
「普通…」
「そう、普通なの。世の中あんな連中ばかりじゃない」
「よく、わからない」
立て続けにこんなことが起これば基準がおかしくなるのも無理は無い。
頼りになるはずの家族があれでは、正直なところ期待できないだろう。
だからこそ、差し出された手を振り払うわけにはいかない。
「あの人は私のことなんてちっとも好きじゃなかった」
「それは…」
「わかってたこと、だけど」
わかりたくはなかったのだと、呟く。
今思えば彼は特殊な性癖があったのかもしれない。たまたまそれに合致した彼女という存在が、彼に何がしかの思いを抱いていることに気がついてしまったのがいけなかったのだ。
頭のよさをそんなとこで発揮しながら、あっさりと彼はそれを利用して彼女を手に入れる。
だからこそ、理想通りではないと知れば切り捨てる。
そこに愛情を見出すことは難しいのかもしれない。
認めたくない事実。薄々とわかってはいても、はっきりと自覚するのは恐いだろう。
「もう、いやだ」
両手で顔を覆いながら泣き崩れる彼女を見ていることしか出来なかった。
その肩を抱くことも出来ず、優しく声をかけることもできず、ただ泣き止むまで隣にいることしかできないでいる。
静かに、でも激しく泣いている彼女は、今まで見せていた大人びた彼女ではない。
あまりに無防備で素の彼女を他の誰にも見られたくなくて、周囲に誰も近寄ってこないように視線を配る。
あちこちさまよった視線は、それでも最後には彼女へと注がれ。結局そこから動かすことが出来なかった。
何もできない自分が歯痒い。
「ごめん…なさい」
タオルで目元を抑えながら無理やり笑顔を作る。
慌てて首を左右に振りながら、そっと彼女の頬に触れる。
泣いていたせいなのかひんやりと冷たいその感触が心地よい。
「先生?」
常の状態へと戻った彼女が小首を傾げる。
今日は下ろしている髪がサラサラと揺れる。
頭上で蝉が鳴き出した。
「俺、千津さんが好きだ」
こんな時に、最低だとも思う。
だけど、もう止められない。
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