04

夢を見る。
日頃は忘れたつもりでいるのに、何かのキーワードに反応しては時々私を苦しめる。
今日の鍵はたぶん先生。
今までと同じように真面目そうで、今までと同じように女慣れしていなさそうな学生さんがやってきた。
父の推薦基準ははとてもわかりやすい。
大人にとってどれだけ好青年かという視点にたっているから。
その人がもっと身近な同級生や、下級生にどう思われているかには関心を示さない、いや、むしろ知り得ないのかもしれない。
どんな人間でもそれぞれに見せる顔は異なる。
彼らが私にとって適切な人間であるかどうかという判断は、はなからないのだ。私の父親には。
たぶんずっと優等生だと誉めそやされてきた人たちだとは思う。
わからないことが理解できなくて、この世の中に私のような人間が存在することも実感できないのだ。
なのに理性よりも本能が僅かに勝るような。
彼らより短い人生しか過ごしていない私にも、その傲慢さと純粋さはよく見て取れる。
今日の人も同じ。
とても純粋で、とても素直な人。
私のような方向の変わり者に会った事がないのだろう。全てが素直に顔に出ていた。
脂ぎった欲望が全面に出ていない分、今までの人間よりも遥かにましだともいえる。
今度はきっとうまくいく。
私は過去に囚われたままではいられないのだから。





「あ、おねーちゃんだ」
「どうしたの?」
「今日は創立記念日でお休みなのです」
「そう、晩御飯は適当でいい?」
「おねーちゃんのご飯ならなんでも」

家へ帰ると、玄関には見たことがある靴がちらかっていた。
それらをきちんと揃え、自分の靴も靴箱へと仕舞うと、案の定その持ち主がソファーに寝転がっていた。
一つ下の妹。
とても血を分けた妹とは思えない程優秀な彼女は、現在寮暮らしである。
だから平日にこうやってここに存在する事自体、とても珍しい。

「土日もいられるの?」
「んーー、友達と遊ぶ約束してる」

顔はテレビに向けたまま答える。
想像通りの答えに、少し落胆してしまう。
たぶん、私は今週も一人で過ごすのだろうと。

「今日は家庭教師の先生がみえるから、まともな格好をしておいてね」

今の彼女はTシャツにパンツ一枚だ。
いくら女である姉しかいないとはいえ、さすがにこの格好のままなのは困ってしまう。まして今日は男の先生がやってくるのだから。

「また?つーか、この前首にしたばっかりっしょ?」
「色々あるのよ」

ただ、それだけを答えて、台所へと向う。
今日は先生向けに材料をストックしてあったから、一人ぐらい増えてもどうということはない。
黙々と下ごしらえを進める。
なんとなく、今日は先生が来てくれる日で良かったと、そう思った。



「こんばんは」
「こんばんは」

相変わらず人の良さそうな笑顔の先生と、ありきたりの挨拶を交わす。
妹は好奇心を隠そうともせず私の後ろに引っ付いている。
先生の笑顔が妹を捕らえる。途端、そのまま疑問が顔に表れる。

「妹です」
「妹さん?」
「創立記念日だそうです」
「ああ、それで」

短い言葉のやりとりで、彼女がなぜここにいるのかを理解する。
彼は軽く会釈をして妹の顔をじっと眺めている。

「へーー、妹さんか、でも・・・」

顎に右手を添えたまま、続けられなかった言葉の先はたぶん言われ慣れた言葉。
黙ったまま先生と私の部屋へと向う。
妹は、それほど杉野先生に興味をひかれなかったのか、くるりと背を向けて指定の場所、ソファーの上へと戻っていった。


「色々買ってきたのだけど」

分厚い基礎がぎっちり詰め込まれたような参考書を差し出す。
たぶんまじめにこつこつやっていけば、いつかはなんとかなるだろう。

「受験のテクニックを教えた方が早いと言えば早いんだけど」
「今の成績なら、何をやっても下がる事はありませんから。それに、大学へ行くつもりはないので、基礎学力さえつけばいいです」
「うん、この前基礎をやりたいと言ってたから、遠回りだけど、欠けているところを補っていく方が結局早いと思う」
「たぶん1年生の1学期から躓いているんですよね、だからソコから先何を詰め込んでもダメみたいな」
「じゃあ、早速コツコツやっていこう」

そこから先は、静寂に支配される。
時折私の質問する声と、それに答える先生の声が響くのみ。
ノートに落としていた視線を僅かに先生の方へと向ける。
熱心に私の教科書を調べている先生と一瞬視線が交差する。
俄かに走る緊張感。
緩やかに微笑み、再びノートへと視線を戻す。
彼は、何かを問おうとして、でも口にだせないでいる。
それを暴露してしまえば、ギリギリのところで平衡を保っている自分の心が壊れてしまいそうで。
何も言い出せないのをいいことに、結局有耶無耶にする。



三人で食べた夕食は、いつもにもまして味わうことができなかった。



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6.14.2006

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