01

 私だけ間違ってこの家に生まれてしまったのだと思う。
大学教授の父に、同じく大学教授の母、T大を出て両親と同じ道を歩もうとしている兄に、県内で一番偏差値の高い高校へと通う妹。
ついでに我が家で兄は三代目となる、つまり祖父が大学教授だったのだ。
所謂学者一家に生まれ、小さい頃から良いとされる環境に生まれついたと言うのに、と、返却されたテストの結果を眺める。

「まあ、女の子は気立てが良いのが一番だから」

そう慰める母親の顔が引き攣っているのがわかる。
それはそうだろう、たぶん生まれてから一度もこんな成績を見たことがないと思うもの。

「妹は?」

勉強だけに熱心で、ともすると常識と言う物が欠け気味の妹は妹で、母の悩みの種らしい。

「ま、まあ、ほら。個性ってものがあるじゃない」

そんな母は冷や汗までかいている。
子ども相手にここまで遠慮しなくてもいいと思うのに、仕事柄育児、子育てをほぼ放棄していた母には、今更ながらに負い目というのがあるのかもしれない。

「で、将来はどうするのかね」

テンパった母親をフォローするべく父親が口を挟む。
なんというか、私に対しては腫れ物をさわるといったような扱いをする夫婦だな、と観察する。

「んーー、適当に手に職をつけて自立したいと思ってるけど?」

頭の良くない私は、なにか特技や技術でも手に入れないと、世の中を渡っていけないだろう。
その特技が私を除く他の家族にとっては、己の頭脳だというだけだ。

「ほら、あなたは顔が綺麗だから。それを生かすという手もあるのよ?」

褒めているのだかいないのだかわからないけれど、私のルックスに関しては小さい頃から自覚している、悪いけど。

「うん、まあ。モデル事務所からはいくつか話がきているけれど」

少女のように母は頬を染め、父親は眉を顰めている。

「モデルを将来の仕事にする気はないよ?私にはそれほどの自制心も根性もないし」

あれを定職とするには、私の覚悟が足りない。
死ぬほど好きな仕事ならば努力もするけれど、そこまでの情熱は残念ながらない。

「バイト程度にはするかもしれないけど」

うっとりとした目をしながら母親がため息をついている。学問馬鹿だと思っていたが、ああいう分野にも憧れがあったらしい。

「あなたはおばあちゃんに似たから」

そう、我が家に入り込んだ変り種の遺伝子とは母方の祖母なのだ。
父方の祖父母は大学教授に、教授の娘と言う、ある意味典型的なカップルなのだが、母方の祖父は真面目な公務員なのに、祖母は芸事を教えるお師匠さんのようなことをしていた人らしい。堅物の典型のような祖父と、華やかで粋な世界に生きている祖母がどうやって知り合えたのかは謎なのだが。祖父は祖母にベタぼれだったのは確からしい。祖父の両親の猛反対を押し切っても、彼女と結婚したそうだから。 彼女はいつまでも着物を粋に着こなし、死ぬ直前まで三味線を弾いて唄っていたそうだ。
私が生まれる前の話だから、信憑性はどこまであるのかわからないけれど、残された写真を見る限りは、風采の上がらない祖父には不釣合いなほど綺麗な女性だったと見て取れる。
その祖母に私はそっくりなのだそうだ。
私には祖母ほどの強さはないと思うのだけれど、祖父は私のことを祖母の生まれ変わりだと信じて止まない。

「とりあえず無事高校を卒業しないと・・・」

私の呟きに、両親が我に帰る。
そう、今はこの中間テストの結果が案件だったのだから。

「家庭教師、つけるか?」

今までに何度となく、つけられたけれど、その度になぜだか相手が私にちょっかいをかけてくる不届き者ばかりだった。
父の推薦でやってきた学生たちだから、優秀は優秀なのだが、いかんせん女っけがなさ過ぎるところにいたせいか、目の前に差し出された私という存在に動揺せずにはいられなかったらしい。欲望は簡単に理性を超える。先生にとって良い学生だと評されている人間も、あっさりとその仮面を脱ぎすてていった。あまりにも女慣れしていない彼らの資質と、私の中の何かがそれを誘発させるのか理由はわからないけれど、あんな思いはもうごめんだ。
ほとんどを未遂で防いだとはいえ、傷付かないわけじゃない、まして―――。
このことは誰にも言っていない、家族にすら秘密だ。だから我侭なふりをして彼らを遠ざけてきた。
根本的なところで両親、いや、家族を信用していないのかもしれない。
自然と険しい顔になっていたのか、父親が後退りしそうな勢いで怯えている。

「今までのは気に入らなかったみたいだけど」
「気に入らないわけじゃないけど」

いきなり組み敷くような人間を好きになれるはずはなく、だけど、白状したら両親揃って卒倒しそうで面倒くさい。

「今いる子で、適任な子がいるんだけど・・・」

そう言って送り込んだ人間全てが豹変したのだけれど、と、知らず知らず冷たい視線を送ってしまう。
どもりながら父が言うには、今度は絶対お勧め。どこからどうみても好青年でかなり優秀、という触れ込みだそうな。

「・・・この成績では文句のいいようもないみたいだけど」

下から数えた方が早いという壊滅的な数字を取っておいて、文句を言える立場ではない。
夜遅くなるからという理由で塾通いも禁止されている私には、妹に教えてもらうか、兄を捕まえて教えてもらうか、家庭教師をつけるかの選択しか残されていないのだ。
私にも無駄なプライドと言う物がある。妹にはごめんだし、変にサディステックなところをもつシスコンの兄に教えてもらうのはもっとご免こうむる。だとしたら、父推薦の家庭教師を受け入れるしか方法はないのだ。
今度もまた、対策を練っておけば良いのだし。
私の笑顔を了承と捉えたのか、父も母もつられて笑顔になる。
家庭教師ぐらいでどん底の成績が良くなるとは思えないけれど、両親の手前一応は努力らしき事もしてみないとかわいそうだ。
作り物じみた笑顔の中で、それでも安堵を覚えてしまうのは、やっぱり家族だからだろうか。
私が作ったカレーを久しぶりに家族3人で食べる。
妹は今の学校へ通うために、平日は寮で生活しており、兄は兄で近くだけれど一人暮らしをしている。
父はここから仕事へ行くけれど、母は他大学で教鞭をとっているため、目下単身赴任中だ。
だから、こうやって3人が揃うのはとてもとても珍しい。
なんとなく照れくさく、なんとなく嬉しい。
3人でいると、私の持っている差異が目立たなくてすむ。
だからと言うわけではないけれど、兄、妹がいない食卓に少しだけほっとする。
だけど、こころのどこかがチクンと痛む。
やっぱり私はこの家では異端児なのだと言い聞かせる。

これ以上期待してしまわないように。



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6.2.2006

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