視線の先
●絡まる●

 突然いなくなってしまった妹の居場所は探すまでもなく突き止めることができた。
彼女は勤務先までは変えていなかったから。
優等生だった妹の反抗は思った以上に、我が家へダメージを与えた。
母は寝込むし、父は不機嫌だし。しかも満足に家事ができない私に対しても微妙にイラついているみたいだし。
自分の両親とはあまり相性が良くなかったことを今更ながらに思い出した。

だからこそあれほど反抗していたのだから。



勤務先で待ち伏せしていた私を有無を言わせず喫茶店に連れて行く。相変わらず無表情で何を考えているかわからない。

「黙って出て行ったりして」

とりあえず、これが目的なのだから、出て行った理由を問い質したい。

「出て行くっていったでしょ?」
「そんな!!あんな風に言い捨てるように言っておいて、言っただなんて」
「それでも、何も言わなかったじゃない。出て行けとも出て行くな、とも」

それを言われて言葉に詰まる。あの時彼女に言われた言葉が咄嗟に理解できなくて、誰も聞くことができなかったのは事実。

「母さん倒れたわよ」

同情を誘うようで嫌な作戦だけれども、面倒見のいい彼女のことだから、きっと心配してくれるはず。だけど、彼女から出た言葉は期待していたものとは正反対のもので。

「そう・・・・。でも姉さんがいればいいでしょ」

眉一つ動かさない表情にほんとうに切り捨てられたかもしれないという恐怖心が走る。

「そんなわけ、ないでしょ。美緒のこと心配している」

だけど、美緒のことだけを心配しているのではないことは、いくら頭の弱い私でも薄々感づいている。

「姉さんさえいれば、あの人たちは満足なんだから、それでいいじゃない」

私がことさら愛されているとは思えない。だけど、美緒のことを手放しで愛しているといえる態度をとっていなかったこともわかる。

「何を言ってるの?さっきから。美緒だって大事な娘じゃない」

こんなことを話している自分の中にも薄汚い思惑が隠れているのもわかっている。
彼女を心配しているのは本当。だけどそれ以上に自分のことを心配している私がいる。
両親と取り残された私はどうすればいいの?
彼女さえいてくれれば、また私は好きなことができるのに。

醜い心。対峙したくなかった自分。

両親にしても、美緒のことを心配している部分もあるけれど、信頼できる彼女が出て行ってしまって、これから先どうしたらいいかわからない。
置いていかれた自分たちが可哀相、という感情がまず先にたっている。

「死ぬまで日陰で暮らせってこと?」

初めて聞いた本音。

「日陰って・・」
「だって、そうでしょ?何をやっても言っても私はいつだって後回し。褒められることもなければ怒られることもないなんて、存在を無視されているのと同義でしょ」

一口も口をつけていないオレンジジュースが氷が溶けていくことによって薄くなっていく。

「そんな・・、美緒のことだってちゃんと」
「授業参観も個人面談もパスされたけどね」

ずっと反抗期だった私にかかりきりで、手のかからない彼女はほうって置かれていた。
両親の関心をかいたくて、妹に目を向けるのが嫌で、繰り返していた馬鹿な行動。それが今全部自分へ跳ね返ってきている。

「それは、信用しているから、だから、側にいないと」
「面倒くさいことは全て私にまかせて自分はいいとこ取り?」

人形のように整った顔立ちの妹がこちらをはっきりと見据えている。
その瞳がもう戻るつもりはない、そう如実に語っている。
私とは正反対の妹。賢くて綺麗で、私にないものをすべて持っている彼女。

「あれ以上あそこにいたら結婚まで決められてしまう、姉が失敗したんだからお前はちゃんとした相手を、なんて無言のプレッシャーを掛けられてたまるもんですか」
「は?そんな勝手なことしないでしょ、あの人たち」

自分がされたことがないからなのか、今一現実味がわかない。

「私がどうして、高校大学就職と、選んできたのか、わからないの?」

地域で一番優秀な高校、大学と進んだ不満があっただなんて気がつこうともしなかった。 そういえば、成績的にもっと偏差値の高い大学へ進めたはずだと聞いたことがあるけれど、 本人が望んで地元に残ったのばかり思っていた。

「それだって、ほんとうに嫌なら反抗すれば・・・」

言いながら気がついた。彼女は“今”本当に嫌なのだと、だから・・・。

「だから家を出るんでしょ」

それが彼女の結論。もう2度と他人に自分の人生を委ねるのが嫌だから、これが彼女が出した答え。
あの家を出る。ううん、決別する。
彼女の意志の固さを思い知らされて、立ち上がることができない。
まるでテレビを見ているかのように、彼女の仕草一つ一つ余所余所しく、作り物めいて見える。
彼女は最後に口の端をわずかに上げて微笑した。

「親子3人仲良くね」

これからは私のポジションに座ってね。そんな声が聞こえてきた気がした。


彼女は戻らない。

代わりに私が囚われる。

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kanzakimiko/End....?12.24.2004