なんとか美紀になだめてもらい、祐君と待ち合わせている場所まで行くことが出来た。
私一人ではとてもじゃないけど立ち直れなかっただろう。
「和奈」
祐君の呼ぶ声がする。
私はその声がなによりも好きだったはずなのに、今日はその声を聞くなり緊張してしまった。
少し前から感じていたものとは別の戸惑い。
その場に固まったまま声も出せずにいると、祐君が私の手を取ってきた。
それは本当にいつもの仕草のはずなのに、私は無意識にその手を払いのけてしまった。
「ごめん、祐君」
「いや、別に。何かあった?」
優しく聞いてくれるけれども、こんな不安定な心を祐君には知られたくない。
「僕のことイヤ?」
「そんなわけ…嫌じゃないよ、もちろん」
その言葉に嘘はない。
「ごめんなさい、今日ちょっと嫌なことがあって」
「鈴木先生に何か言われたのか?」
今日補習があることは話してあるから、当然なにかあるとすればそこしかない。そうなんだけれど。
「うん、ちょっと」
でもありのままに話せるかというとそうじゃない。今まで祐君に隠し事なんてしたことなかったから、余計に心苦しい。
祐君が私の頭を撫でようと右手を伸ばしてくる、その行動に、びくっとして怯えてしまう自分がいる
。そしてそんな風に感じる自分にとても驚く。
祐君も私のそんな変化に気がつかないわけがなく、そっとため息をついてその手を元に戻した。
「和奈、僕のことが怖いの?なんか怯えている」
「そんなこと…」
どうやって答えたらいいの?
わからない。
私の気持ちも祐君の気持ちもわからない。
雰囲気を和ませるつもりで、色々話し掛けてくれるけれど、やっぱり私は上の空で。
「和奈?」
怪訝そうに私の顔を覗き込む祐君。その距離の近さに驚き、思わず後退ってしまう。
二人の間には30cmぐらいのスペースしかない。そんなこと気にしたことなかったのに。
動揺を隠すためなのか私は思ってもみないことを口走っていた。
「明日から一緒に行くのやめよう」
驚愕の色を貼り付けて、それでも一瞬ではそんなものは隠してしまった祐君は優しく諭す。
「やめるって、和奈どういうこと?」
「どういうって」
「僕から離れるの?」
「や、そういうわけじゃ。どうせ家でもあえるし」
祐君の顔が見れない。今どういう顔をしているか知るのが怖い。自分でもどうしてこんなことを言ってしまったのかわからない。
黙ったままだった祐君は一言「和奈がそう言うなら」と告げて歩いていってしまった。
その声は今まで聞いたこともないぐらい冷淡で、きっとそれはわがままな自分に対して突きつけた刃のような気がして、
胸がとても痛んだ。
そうして私は、逃げ出してしまった。自分の気持ちからも祐君からも。
次の日、何の気なしに隣の家を覗くと、すでに登校した後だった。
自分で言い出しておいて、当然のことなんだけれどひどく胸が痛い。
チクチク小さい針がつついているみたい。
学校へ着くといつもみたいに美紀が迎えてくれる。何も言わないところを見ると、祐君が先に手廻ししてたのかな?
自分で自分の責任はとらなくちゃ、そう思って気を引き締めてみる。
祐君と別々に行動するようになって3日が過ぎた。あれから彼は夕食もとりに来なくなり、全く接点がなくなってしまった。
突然家に来なくなった祐君にもうちの両親は何も言わなかったところをみると、どうやらそちらへは何か理由を話しているらしい。
家の中では会える、なんて簡単に考えていた私が馬鹿みたい。家族ではない彼とはこんなに簡単に接点がなくなってしまう。
祐君と私の関係。それはただの幼馴染と言い切ってしまえるほどのもので、親友や恋人とは別の枠。友達や恋人ならもっと気軽に彼の側に行けるのに。
いつものお昼休み、美紀ちゃんと一緒のお弁当タイム。
「またそんなに残して」
心配そうに私のお弁当箱を覗き込む。食欲がなくて最近あまり食べていない。
母親が心配してあれこれ私の好きなものを入れてくれるけれども、一口も口をつけないことが多い。
「うん、なんか食欲がなくて。でも家ではちゃんと食べてるから安心して」
これ以上心配をかけたくなくて嘘をつく。本当は家でもあまり食べていない。
美紀にはお見通しかもしれないけれど。
「そーーんなに細くて、それ以上やせたらどうするの?」
案の定突っ込んでくる。こういうとき友だちはありがたいけれども、同時にとても後ろめたい。私としても原因がわからないから、
説明の仕様がない。なぜだか食欲を感じない。
「祐貴と話してないの?」
「うん。話してない」
私のほうから教室へ行けばきっと話してくれるけれども、なぜだか行けずにいる。
祐君がいなくても日常は送れる。そう強がって無理に笑ってみせる。
美術の時間だから、と美紀と一緒に教室を移動する。
長い廊下を歩いていると、目の前に祐君の姿が見えた。
久しぶりに見る祐君の姿は当然変わりなくて、私がいなくても彼は平気なんだ、と思い知らされる。
祐君の隣にはクラスメートらしき少女の姿が、楽しそうに笑いかけている祐君。
チクっと心臓が痛い。
あの二人の姿を見ていたくない。
おかしい、そんなこと思ったこともなかったのに。
彼のそばに私じゃない誰かがいることがとても嫌。でも、そんなことを思う自分がもっと嫌い。
自分で手放したくせに。
私はわけもわからずその場から逃げ出していた。