彼までの距離-1

すっかり傷も癒え体調もよくなった日曜日、何もすることがなくってリビングでごろごろする。
当然そこには祐君がいて、妙に溶け込んだ雰囲気でお茶を飲んでいる。
カップをテーブルの上に置いたのを確認して、祐君の膝の上に腰を下ろす。
彼の胸に顔をうずめてウトウトする。すっかり日常が戻ったよう。
膝の上に私がいてもたいして気にすることもなく今度は本を読み出す、左手で私の髪に触りながら。
うー、落ち着くな。やっぱりこうしているのが一番いい。
最近変なことが多すぎるから。今までのんびりすごしてきたのに、チョット刺激が強すぎる。ぼーっとした頭で考える。
一番とんでもないのは鈴木先生だよね、普通生徒にあんなことする?
結局付き添ってたみたいだし、美紀ちゃんには怒られるし。
はぁ・・・、もう少し静かにすごしたい。

そういえば、鈴木先生って背高いよね。私の身長は165cmだからそれをすっぽり包み込めるのはかなり背丈があるはず。
祐君ではそうはいかないよね。あれ?でも?
ちょっと背中に手を回してギュッとしてみる。

「大きくなった?」
「……………なにが?」

唐突に発せられた私の言葉に、少しぶっきらぼうに答える。

「体」
「ああ、身長、ね。そりゃあまだ成長期だから」
「ええ?まだ伸びてるの?」
「まだって、和奈。僕が大きくなっちゃまずいの?」
「いや、まずくはないけど」

そういえば追い越されたのはいつだったっけ。
小学生の頃は私のほうが大きかったのに。それに顔だってもっと美少女だったような。
すっかり男くさくなった幼馴染の顔をまじまじと見る。

「なに?」
「や、べつに」

私はあんまり変化がないのに、祐君ばっかりずるい。

「どうして私は大きくなんないのかなぁ」
「それ以上大きくなってどうするの。今ぐらいがちょうどいいよ」
「うーー、貧相だし」
「根に持ってたんだ」

あたりまえでしょう。あんなにはっきりきっぱり言われたんだよ。あたってるだけに言い返せないし。

「そのままでいいよ、和奈は」

そう言いながら触れるだけのキスをする。
腕に力をこめて抱きしめてくれた祐君は思ったより大きくて、そのうち先生みたいな大人の男になっちゃうんだろうか。 そう思ってしまったらなんだか少しだけ恥ずかしくなった。
どうしてだかわからないんだけどね。
祐君は男の人だ、そんな当たり前のことを認識してしまったのかもしれない。




毎朝一緒に登校して、帰宅する。当たり前のように繰り返されてきたこと。
なのに最近変に意識してしまう。
いつも自然に一緒にいられたはずなのに、最近は少し息苦しい。
前みたいに話せない。どうしてもぎこちない仕草になってしまう。以前の私はどうやっていたの? 思い出そうとするけれども、やっぱりそれは無理な話で、最初に感じた違和感は最近ドンドン大きくなっていく。



私の部屋で、祐君と一緒にいる。つい先週まで気にしたこともなかったのに、とても緊張する。

「和奈、わかった?」
「え?あ、うん、わかった」
嘘です。全然わかってないの。今日も苦手な数学を教えてもらっているところ。でも全然集中できない。 そんなに広くない部屋で、一人用の机に並んで座ると、自然と身体がひっついてしまう。 引っ付いたところがなんだか熱をもっているようで、それが全身に広がっていく。

「大丈夫?和奈」

顔が赤いのか、祐君が心配しておでこに手を当てる。
鼓動が速まる。この音が祐君に聞こえませんように。

「熱はないみたいだけど…。調子が悪いなら今日はこの辺で止めておく?」

優しい祐君。
ごめんなさい。最近の私は少しおかしい。
祐君が私の頭を撫でていた手を引っ込める。
(やだ、離さないで)
矛盾した気持ちが湧き起こる。
そばにいるとつらいのに、離れてしまうのはとても不安。
触れられると緊張するのに、離れると寂しい。
どうしていいのか、どうして欲しいのかわからない。

こんな気持ちを知られたくなくて、曖昧に微笑む。

本当に少し熱があるのかもしれない。




「和奈、成績どうだった?」

お弁当を食べながら美紀が聞いてきた。なんだか消化に悪そうな話題よね。

「聞かないでーーー。今回数学最悪なの」
「最悪って、あれだけ祐貴に教えてもらってて?」
うう、そうなのだ。私はケガ以降ずっと祐君に数学を教わっているのに、一向に私の成績は浮上しない。 どころか今回の期末考査ではもう赤点スレスレ。これはさすがになんとかしないとまずいかもって思っていたところなのだ。
言い訳をすると、まず授業が苦痛。なにせあの担任教師が担当なのだから当たり前。もう一つの数学はまずまずなのよ、 平均点だけれども。あと、祐君との勉強にも集中できなかったのが敗因かな。今まで通り自然に振舞おうとすればするほどぎこちなくて、無駄に疲れてしまったみたい。そのせいで熱まで出るし。

「まあ、あの人が教科担当じゃあ無理もないけどさ。あいつ授業中も和奈に向ける視線だけは特別じゃないの。そのうちばれるぞ」

怖いこと言わないで。確かに、あのバレーボール大会の時にも危なかったらしい 。なにせ無感動・無表情の鈴木先生が血相を変えて私を助け起こしに行ったらしいから。 これは何かあるかもって噂になったみたいなの、少しね。でもそれからも祐君と一緒にいる私をみて、 そんなバカな話はないよねってことになったらしい。
その代わり人間味を少し加えた先生は今まで以上にもてているらしいけれど。

「でも、点数まずいんじゃあ、補習じゃない?そこでちゃんとしとかないと夏休み補講だよ」
「それは、いやだな、かなり。この学校の補講って厳しいんだもの」
「そうだよねーー、それに和奈が夏休みに学校に来るって事自体嫌がるでしょ、祐貴が」

祐君ね、そうだね。祐君が嫌がる、だね。私の行動の基準って全部祐君なんだろうか。

「まあ、ともかく今度の補習がんばれ。私もついていてあげるから」
「ええ?美紀は点数いいじゃない、いっつも」
「いや、さすがに和奈と先生を無駄に接触させる気はないよ、私にも」

この間のあれから、美紀はすっかり鈴木先生を警戒している。 あの後、彼女には『悪魔だけじゃなくって魔王まで呼び寄せてどうすんの?』って言われた。
いや、その意味はわからないんだけれどね。ともかくどうもあの先生は好きじゃないと思っていたけれど今はもっと進んで、 嫌いになったらしい。この学内では少数派よね。

>>目次>>Text>>Home>>Next>>Back
lastupdate:6.22.2004 /KanzakiMiko