視線-4

翌朝、私は怪我をしているにもかかわらずすっきりと目が覚めた。まだ後頭部は痛むけれど、熱はひいたみたい。
ゆっくりと半身を起こし、隣の椅子を見る。
誰もいない。

(やっぱり・・・。)

そう呟いた私の声音はどこか残念がっている風にも聞こえ、自分で自分の思いにひどく戸惑いを覚えた。
一日だけの入院だから、朝のうちには退院するはずだ。
でも、私着替えとか持ってないし、電話をしようにも母親が家に帰り着いたかどうかもわからない。 途方に暮れていると、部屋のドアをノックする音が聞こえ、美紀が入ってきた。

「和奈。もう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。たいした事ないみたいだし」

美紀には心配ばかりかけてるね。心の中で謝る。

「着替えとか持ってきたよ。祐貴に頼まれて。いくら幼馴染でも下着とか触られるの嫌でしょ」

さすが祐君完璧な気遣い。私も祐君に下着を持ってきて、とは頼めない。

「ありがとーーー。良かった、今日退院なのに!って困ってたの」
「おばさんいないんでしょ。祐貴ももっと早く言ってくれたら私が一晩付き添ったのにぃ」
「え?」
「昨日の段階で祐貴から連絡はあったのね、大丈夫だって。でもまさか祐貴も帰ってるとは思わなくて。 あの男なら絶対、なにがなんでも付き添いそうなのにね」

そう言われて言葉に詰まってしまった。
まさか鈴木先生が泊り込むから祐君を追い出しました、なんて言えないし。
でも、先生もさすがに本当に付き添っていったわけじゃないみたいだけど。
黙ってしまった私に、気分が悪いの?と心配そうに顔を覗き込む。

二人で他愛もない話しをしながら、これからのことについてお願いをする。 祐君に教えてもらえるとはいえ、違うクラスなのでノートまでは頼めない。
遠慮がちに頼む私に、まかせなさい!って胸をはる美紀。
高校に入ってからいい友達をもてたなーーー、なんて感慨にふけっていると、突然ドアが開いた。
お医者様かな?と思ったけれど、その姿かたちには見覚えがある。
鈴木雄一郎、そう私の担任教師様があいかわらずの表情で登場したのだ。

「げ、鈴木」

美紀は心底嫌そうに、そして驚きの声をあげる。
そうだよね、たかだか教え子一人がケガしたからって、お見舞いに行きそうなタイプじゃないもんね、この人。 まして今はお見舞いと称するには早すぎる時間だし。

「担任教師を呼び捨てとはいい度胸だな」

相変わらず感情のこもらない声で切り捨てる。
昨日のこの人が嘘みたいだ。いや、実際幻じゃなかろうか。

「着替えか?どうせ高柳の差し金だろ」

差し金って、先生。祐君のやること全て気にいらないのね。

「鈴木先生、どうしてここにいらっしゃるんですか」

さらっと質問する。
すぐに自分を取り戻し、笑顔でこの鉄面皮に対峙できるなんて、やっぱり美紀もただもんじゃない。

「いて悪いのか」

答えになってないし。

「悪い、というか常識がないんじゃないですか?こんな早朝に女性の病室を訪ねるなんて」

そういえば美紀ちゃん、この担任教師のこと嫌いだったね。生理的に受け付けないとか言って。

「昨日からずっといるから、早朝訪ねてきたわけじゃない」

そんな問題じゃないってばーーーーー、絶叫しそうになった私に対し、美紀の方は完全に行動停止していた。 どういうこと?って私を睨むのは忘れずに。
この人は自分の立場を考えたことがあるのだろうか。こんなにぽんぽんカミングアウトしてどうするの。
そんな私達の思惑なんて気にもとめずに、私に言い含める

「和奈、軽い検診を受けた後、すぐに退院だから、準備しておけよ。もちろん送っていくから」
「え?今和奈って呼んだ?カズナって。それに送っていく?」

はははははーーーー。笑ってごまかせ、ないよね。
どうやって説明しよう。ひょっとすると最初の呼び出しからかな。
そうしたら私すごーーく怒られるよね、美紀に。
彼女って怒るとすっごく怖いのよ、どうするのよ、先生のせいよ。

キッと元凶を睨んでみたけれど、さらっと受け流してニヤッて笑って見せた。わざとね、わざとやってるのね。 そう思ったころにはすでに美紀と口論になっていた。

「何やってるんですか、一人の生徒に肩入れして」
「俺の勝手だろうが」
「は?迷惑だって言ってるんです」
「お前の知ったこっちゃないだろうが」

「ロリコン」

美紀ちゃん、そのセリフは私にもひどくないですか?言うに事欠いてロリコンだなんて。
意表をつく攻撃にさすがの先生もちょっと黙ってしまう。
抗議を仕掛ようと口を開きかけたとたんドアが開いて、看護婦さんが入ってきた。

「何やっているの?あなた方は。迷惑ですから出て行ってください」
そういわれ、今度は鈴木先生もきっちり部屋から追い出されてしまった。そういえば昨日の看護婦さんとは違う気がする。 なんか昨日よりベテランっぽい?
やっと静けさを取り戻した部屋で、簡単な診察を受け早速帰り支度をしていると、祐君が迎えにきてくれた。

「和奈、準備できた?」
「うん、祐君。できたよー」
「よかった、これでもう帰れるね」

いつもの祐君の笑顔と一緒にいつもの通り手をつないで自宅へ帰る。

後日談として、どうやら祐君は鈴木先生を追い払うために、美紀ちゃんを利用したらしい。 という事が発覚した。だって美紀ちゃんすごい勢いで怒ってたもん。
祐君は何のことってとぼけていたけれど、そういえばタイミングよくベテランっぽい看護婦さんが入ってきたことも怪しいわよね。 鈴木先生に肩入れしていた人とは別の人だったし。なんか祐君って時々何考えているかわからないんだよね、って呟いたら。
今ごろ気が付いたの?って美紀ちゃんに突っ込まれた。
祐君は奥が深い。

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lastupdate:6.15.2004 /KanzakiMiko