数学準備室へ相談に行ってから数日、視線の問題は全く解決しないで、罪悪感だけが残っていた。
相変わらず祐君と美紀は過保護で、私の心配ばかりをしてくれる。
ここのところ私の様子がおかしなことは、美紀はともかく祐君には確実にばれているはず。でも、問いただすことなくいつの通りに振舞ってくれる。そんな優しい彼の態度に感謝しつつ、反面すこしの心苦しさを感じていた。
「和奈。何やってるの?早くしないと集合時間に遅れちゃうよ」
「あ、うん。今行く」
ぼーっと考え事をしながら支度をしていたら思った以上に手間取っていた。
今日は球技大会。あまり考え事ばかりしていると怪我をしてしまう。ただでさえ体力も運動神経もないのに。
この学校の球技大会は少し変わっている。普通球技大会といえば、バスケだの、卓球だの色々な球技が用意されているものだと思うけど、ここは、バレーボールしか開催されない。なんでもバレーボール界では有名な監督がうちの学校の教師をしていたらしく、いつのまにやらそれが特色となってしまったみたい。
グランド一杯に30面バレーボール用のコートを張り、初日はブロックごとの総当たり戦で、次の日には決勝リーグが行われる。
びっしり張られたコート全てで試合が行われる様は、なかなか迫力がある。
「和奈は補欠だからどこか木陰で休んでたら?太陽にあたるのは良くないし」
全員参加が義務づけられている行事とはいえ、当然補欠はいるわけで、運動神経全滅の私はアタリマエのように補欠になってしまった。
美紀は(祐君もだけど)私に体力があまりないことをひどく心配して、できるだけこういった行事には関わらせないようにしたいらしい。去年の球技大会で倒れてしまい、美紀をひどく驚かせてしまったのが原因かも。
私としてもこういった行事は苦手なので、彼女の提案に、素直にのった。
クラスメートがバレーをするコートが見えるあたりの木陰に腰を下ろす。
みんながハツラツと競技をしている姿をみて少しうらやましく思う。もう少し健康な体だったらなぁ、と望んでも仕方がないことを考える。
ふと、他のコートを見渡すと、先生方のチームがどこかと対戦している。
うちの学校ではきちんと予選リーグからでるんだよね、先生方も。
そのせいか一応若手といわれる先生方ばかりでチームが編成されていた。
その中に、担任教師の姿がみえた。どうりでコート周りに女生徒が多いはず。黄色い歓声が、こちらまで聞こえてくる。
(やっぱり人気あるんだ…。)
誰に聞かせるでもなくそう呟く。
長身に細身の体、その上に端正な顔がのっかってれば、いやだってもてる。
今までそんな風な目でやつを見たことがなかったけれど、こうやって改めて見てみると納得する。
かっこいいかもしれない。
あの人にあんなことされたんだよね。
人知れず顔が赤くなるのがわかる。今日は日差しが強いから、日に焼けたことにしよう。
ぼうっと先生がいるコートを見ていたら、どこからか声がかかった。
「誰みてるんですか?」
見上げると、そこにはこの間私を呼び出した下級生がいた。
「別に」
「鈴木先生を見ているんじゃないんですか。ずいぶん親しそうですもの」
「そんなことはない」
ぶっきらぼうかもしれないけど、彼女に対しては良い感情を抱いていないので、これが精一杯。
「ふーーーーーーん。そうなんだぁ。じゃあこの前準備室で何してたの?」
一瞬心臓がびくっと跳ねた。見られていた?でも、扉は閉まっていたはず。
「いい度胸してますね。顔色も変えないで」
「ナニモナイカラ」
本当は内心あせっていたんだけど、顔に出る性質ではないから助かった。
次々質問をしてくる彼女は前回同様自信に溢れ、私を見下すかのように立っていた。仕方がないので、わたしもようやく立ち上がる。
「何の用事?」
一刻も早くこの子から逃れたい。
「この間から先輩のこと見張ってましたけど、やっと尻尾を掴みましたよ」
ええ?じゃあこの間から感じる悪意のある視線って、彼女?
驚いた顔で彼女の方へ向く。
「先輩、鈴木先生から告白されてましたよね」
立ち聞きまでしてたのか。
「聞き間違いじゃない?」
一応アレでも担任教師だからね、かばってやらないと。
「いいえ、はっきり聞こえました。好きだって」
「じゃあ、冗談でしょ。ただの」
冗談。かどうかはわからないけれど、本気じゃないのは確かだからね問題ない。
「冗談?馬鹿言わないで、あんな真剣な先生の声、初めて聞きました!」
「あの人は教師で、私は生徒。冗談以外ありえない」
あくまで認めない私に彼女の方はだんだん苛立っていった。
「それにもし本当だったからって、それがあなたに何の関係があるの?」
「なによ、その顔は。少しぐらいキレイだからっていい気にならないでよ」
話しの方向が少しずつずれていることがなんだけど、あの話題から離れてくれて助かった。
「高柳先輩だけじゃなくって鈴木先生までたぶらかして!」
あ、離れてないのね、話題。それにしてもそういう風に見えてるんだねぇ、意外。妙なところで妙なところに感心して、何も言わない私に、彼女は怒りを露にしていく。
「やっぱり高柳先輩にあなたはふさわしくないわ、一刻も早く離れてちょうだい!」
彼女はいったいなんだってこんなことを言うの?
「それは、祐君、彼が決めることで、私が決めていいことじゃない」
「なによ、どっちにもいい顔して」
「別にそんなつもりはない」
埒があかない。何を話しても平行線だし、彼女相手にわかるまで説明する気もない。
あきらめてクラスメートの方へ行こうとした。
彼女は私の体操服をつかみ、行かせまいとする。
「離れてよ、先輩から!」
感情を爆発させる。こんなときになっても、私は、彼女の−ある意味素直さに驚いている。
「だから…」
私がもう一度先ほどのセリフを口にしようとしたら
「離れて、あなたさえいなければ、振り向いてくれるかもしれないのに」
彼女の絶叫が聞こえてきた。
そこから先の記憶はない。あるのは熱いほどの頭の痛みと「和奈」と叫ぶ声だけ。
その声が祐君のものだったのか、先生のものだったのか、それすらもわからない。