テストも終了、答案用紙も結果はどうあれ返却された頃、なんだか視線を感じるようになった。
最初は自意識過剰だと思ったけど。そうじゃない、確実に毎日視線を感じる。
しかも明らかに好意とは反対の意味がこもったもの。
感じるたびに視線の主を探そうと思っているけれど、私の運動神経が鈍いせいで、捕らえられずにいる。

いつものお昼休み、美紀とお弁当を食べているときに相談してみよう、そう決心したけど、 最近の美紀はとっても心配性。私が少しでも離れていると、すぐにでも飛んできてガードする。 こんなこと話したらますます心配させるよね。美紀に話すとなぜか祐君に筒抜けだし。
じゃあ、他に、と考える。考えるまでもなく、私には祐君や美紀以外相談できる相手がいない。
これでは八方塞じゃない、と思い立ったところで、嫌だけどもう一人相談できそうな相手が浮かんでしまった。
本当に嫌だけど。近寄るのも嫌だけれど、背に腹はかえられない。

授業が終わった後、覚悟を決めて数学準備室へと向かった。

「鈴木先生、今お時間よろしいですか」

私が扉を開けて話し掛けると、心底驚いたような顔をしてこちらを凝視する先生がいた。
いや、こんな顔もめったに拝めるもんじゃない。別に拝みたくはないけど。
ただ、そんな顔もすぐにいつもの鉄面皮に戻っちゃったけどね。

「酒口。お前は警戒心がないのか？それとも心底のあほか？」

あまりといえばあまりな言葉。あなたが前回あんなことしなければもっと気軽にここに来れるのに。

「はあ。警戒心ですか。それはわかりませんが、今回は相談があるんです。 いくらなんでもそんないたいけな生徒を襲わないでしょ？担任の先生」

最後の先生に力をこめる。

「ふふん、それはどうかな」
「いえいえ先生、それは“先生”の良心にまかせます」

にーっこり。こころなしか火花が散ったような気がするけど、とりあえず無視する。

「まあいい、高柳じゃなくて俺に相談を持ち込んだってところが気に入った」

これもまた、珍しいぐらいの笑顔で答える。
選択間違えたかもしれない・・・。

「で、酒口程の神経の持ち主が心配する出来事って？」

むぅ。なんか棘が突き刺さるんですけど。

「はあ、実はテストが終わったあたりからかな？ひょっとするともう少し前かもしれないんですが。視線を感じるんです、いつも」
「視線?俺以外におまえみているやつがいるのか？」

そうじゃなくてー。確かに先生にも見られていますが。

「祐君と一緒にいるときには感じないんですけど、一人でいる時や友だちといるときに」
「ふーーん、お前に惚れているやつは山程いるだろうが。大方そいつらのうちの一人だろ？最近妙な噂が出回っているみたいだし」

噂？なんか祐君も美紀ちゃんも心配しているみたいだけど、それってその噂に関係あるのだろうか。

「ひょっとして知らないのか？」
「はい、知らないです」

こっくりと当然のように頷く。

「まあ、俺としてもその噂が本当になったほうが都合がいいがね」
「都合がいい、ですか。じゃあきっと私には都合が悪いんだわ」
「おまえね、本当に俺ほどの男を見てもなんとも思わないのか？普通ちょっとは心が動かされるもんだろうが」
「だから、本当に全く思いませんって」
「こんなにも真剣に口説いているのにか？」

いい終わらないうちに先生の顔が近づいてきた。左手では私の頭を押さえてるし。
これはいくら鈍いといわれる私でも気が付くって。キスする気だって。教師の癖に手が早い。
だけどね、私だってばかじゃない。自分が目の前の男性にどう思われているかぐらいわかっているつもりだ。

「先生、私のこと好きじゃないでしょ」

確信をもって訊ねる。そう、この人は私のことを口で言うほど想ってなんかいない。

先生の動きが止まった。少し動揺？しているらしい。

「好きでもない子にこんなことしようとしない」
「うそ、先生は私を見ていない」

心のうちを悟られないようになのか、いつもにもまして無表情になる。その表情が答えを雄弁に物語っているのだけれど。

「最初は普通に好意を寄せられているのかと思いましたけど、違います。よく観察すると先生は私を、私自身を見ていない」
最近気が付いた。この人と祐君の違い。
祐君は、自惚れかもしれないけれど、きちんと私を見てくれている。 でも、この人は、この人の視線の先にいるのは私じゃない。もっとどこか遠くをみつめている。

「誰かの身代わり？その先にいる人は誰？」

彼の顔が一瞬泣いている様に見えた。

「俺は和奈のことが好きだ」

自分自身に言って聞かせるような告白。まるでそうでなければいけないかのように。

先生の顔が近づいてくる。
私はその目に捕らわれ、身動き一つできないでいた。
前回とは違うもっと真剣なキス。
でも、先生の心はどこか別なところにある。それがひどく悲しく思えた。

嫌じゃない。こうやって触れられることが。

そして、そんな風に感じる自分がとても嫌いになった。